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札幌高等裁判所 昭和48年(行コ)2号 判決 1976年8月05日

控訴人

農林大臣

安倍晋太郎

控訴代理人(指定代理人)

近藤浩武

奥平守男

ほか一二名

被控訴人

伊藤隆

ほか二六九名

被控訴代理人(弁護士)

新井章

佐藤文彦

ほか六五七名

主文

原判決を取消す。

被控訴人らの訴えはいずれもこれを却下する。

訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人らの訴えを却下する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決、予備的に、「原判決を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠関係は、別紙二「主張並びに証拠」記載のほかは、原判決事実摘示と同一であるからここに引用する。

理由

第一処分の存在

控訴人は、昭和四四年七月七日、農林省告示第一、〇二三号をもつて、北海道夕張郡長沼町所在の防衛庁所管国有財産に係る水源かん養保安林(実測面積0.32264平方キロメートル)及び林野庁所管国有財産に係る水源かん養保安林(実測面積0.028464平方キロメートル)(以上実測面積合計0.351104平方キロメートル、別添図面一表示の(イ)斜線部分、以下「本件保安林部分」という。)の指定を解除する旨の処分をなしたこと、右処分は、本件保安林部分を航空自衛隊第三高射群の施設及びその連絡道路の敷地にするためになされたものであり、国家の防衛は公益性をもつものとの見地から、森林法第二六条第二項にいう公益上の理由により必要が生じたときに当るとしてなされたものであること、以上の事実は当事者間に争いがない。

第二手続の概要

当事者間に争いない事実及び明らかに争わない事実並びに各その成立に争いない乙第一号証の一ないし六八、同第四三号証の一ないし一〇、同第四四、第四五号証の各一、二、原審証人沢辺守、同木崎哲夫の各証言及び原審における被控訴人土田栄、同伊藤隆各本人尋問の結果の各一部によれば、本件保安林部分の指定解除手続の概要は以下のとおりである。

防衛庁は、第三次防衛力整備計画を執行するため、新たに北海道中央部に航空自衛隊の第三高射群(三個高射隊編成)を配備するに当り、その配置地点として本件保安林部分を決定した。そこで本件保安林部分のうち前記防衛庁所管の0.32264平方キロメートルについては、札幌防衛庁施設局長から控訴人に対し、これを航空自衛隊第三高射群施設の敷地として使用するため、森林法第二七条の規定により保安林指定の解除申請がなされ、前記林野庁所管の0.028464平方キロメートルについては、右第三高射群施設への連絡道路用敷地として使用するために、札幌防衛庁施設局長が国有林野法第七条に基づき、所管の札幌営林局長に対し、国有林の貸与申請をしたため、右営林局長から控訴人に対し、同一の理由により保安林指定の解除申請がなされた。しかして、右各申請並びにこれに対する解除処分は、大要次の手続を経て行われた。すなわち、札幌防衛庁施設局長は、本件保安林部分のうち防衛施設置区域につき、昭和四三年六月一二日、航空自衛隊第三高射群施設を設置するため、控訴人あての同日付保安林指定の解除申請書を北海道知事に提出したところ、同知事は、同年六月一三日、右保安林指定の解除はやむを得ないものであるとの意見書を付して、右申請書を控訴人に進達した。

控訴人は、同年六月二〇日、右申請書及び意見書を受理したが、北海道林務部長あてに疑義を照会するなどして審査した結果、解除を相当と認め、同年七月一三日、北海道知事あてに森林法第二九条の規定による通知を行い、次いで、同月一九日、同知事は、北海道告示、第一、四八五号をもつて同法第三〇条の規定による予定告示を行うとともに、長沼町役場においても関係書類を縦覧に供した。なお、本件保安林部分のうち連絡道路の敷地に関する部分については、同年七月八日付で札幌営林局長から控訴人あてに上申書が提出され、これに対し、同月二三日、控訴人から同法第二九条の規定による通知がなされ、更に、北海道告示第一、五七〇号をもつて同法第三〇条の規定による予定告示関係書類の縦覧がなされた。右予定告示に対する異議意見書の提出期限は第三高射群施設の敷地については同年八月一八日、連絡道路の敷地については同月二六日であつたが、それぞれの期限までに、両者を合併した異議意見書が一三八通提出され、これを受理した北海道知事は、同年九月三日付でこれらを控訴人に進達した。

そこで、控訴人は、同年九月一六日から一八日までの三日間札幌市中央区北二条西一丁所在の札幌営林局の会議室において公開の聴聞会(第一回)を行うこととし、その旨を同月五日付で前記意見書提出者に通知するとともに同月七日付官報で告示した。右公聴会は、反対意見者らから解除後の跡地を自衛隊ミサイル基地に利用すること等に関する釈明要求が繰返され紛糾するに至つたこともあり、更に、控訴人は、昭和四四年五月八日から一〇日までの三日間に北海道夕張郡長沼町所在の長沼町公民館において再度公開の聴開会(第二回)を行うこととし、その旨を同年四月末日付で異議意見書提出者(意見書取下者を除く)に通知するとともに同年五月一日付官報で告示したが、右聴開会も前回同様の経過で終了した。

以上の経過を経たうえで、控訴人は、本件保安林部分の指定を解除することを相当と認め、前述のとおり、本件保安林部分の指定解除処分の告示をするとともに関係書類を北海道庁並びに長沼町役場において縦覧に供するに至つた。

第三本件保安林部分周辺の地理的概要

当事者間に争いない事実、その成立に争いない乙第一一号証、同第一九号証、同第二二号証の一、二並びに弁論の全趣旨に徴すれば、次の諸事実を認めることができる。

本件保安林部分は、北海道夕張郡長沼町及び由仁町にまたがり標高八〇ないし二九七メートルの、傾斜度五ないし二〇度の緩斜地もしくは中斜地からなり、その主稜線が南北に走る丘陵性の山地で俗に馬追山丘陵と呼ばれる山地に存する約15.08平方キロメートルの水源かん養保安林(長沼町所在部分約10.96平方キロメートル、由仁町所在部分約4.12平方キロメートル)のうち、長沼町所在の一部0.351104平方キロメートル(右保安林全体の約3.2パーセント)である。本件保安林部分を含む通称馬追山保安林は、まず、明治三〇年に、次いで同四二年ないし四四年の間に四回にわたり水源かん養保安林に指定(編入)されたもので、本件保安林部分は、明治四二年に指定されたものの一部である。右保安林の指定面積は、合計21.61平方キロメートルであつたが、昭和九年以降数次にわたる部分解除が行われた結果、本件解除処分当時、その面積は前記のとおりとなつたものである。右馬追山丘陵の地質は第三紀層に属し、基岩は砂岩、泥岩、頁岩、疑灰岩及び安山岩などから構成され、地表部には樽前火山灰が堆積し、土壌は砂壌土からなつている。その地上の林況をみると、約15.08平方キロメートルの前記保安林の主体は、トドマツ、カラマツ、ストローブマツ等の人工林であるが、一部比較的急斜地は、ナラ、シナ、イタヤ等の老壮令の天然生広葉樹でおおわれ、生育は中庸で、下層植生はクマザサが密生している。そして、本件保安林部分の約七〇パーセントが何回かにわたつて植栽された人工造林で、他は広葉樹を主とした天然生林であり、本件解除処分当時、人工林は六ないし三五年生のトドマツ、カラマツ、ストローブマツ等からなり、うち七七パーセントが一二年生以下、その半数が六年生以下の比較的若年生の樹木からなつていた。馬追山丘陵は、その中央部を南北に走る脊梁から、東西にほぼこれと直交する方向に多数の渓流が山腹を刻んでいるが、本件保安林部分は、右丘陵のやや北寄り地点においてほぼ東西に横断する道道札幌弓張線の南寄りの西側斜面を流下する渓流に発し、旧夕張川に流入する富士戸川本、支流の上流部に位置を占めている。右富士戸川本、支流を流下する流水は、脊梁から約三キロメートル離れた標高約二〇メートルの地点で合流し、右馬追山麓の扇状地を経て、長沼町平野部に入り、東西線排水路を南方に流れ、零号排水路を西方に流れて馬追運河の中央部に流入し、それから長沼町の西北側境界をなす旧夕張川に合流する。右馬追運河は、長沼町を南北に分けて、その中央部をほぼ東西に貫流しており、右零号排水路流入点から右旧夕張川合流点までの跡離はほぼ四キロメートルである。長沼町は、その東方の馬追山丘陵を背にし、他の三方を石狩川支流の千歳川旧夕張川及び夕張川に囲まれた東西約15.5キロメートル、南北約21.1キロメートルの地域に広がる面積約一七〇平方キロメートルの農村地帯で、そのほぼ中央部に市街地を有する町である。同町内は、丘陵地を除き、平野部は海抜六ないないし一〇メートルの低地帯であるため、多数の排水路を掘さくしているが従来から水害に見舞われることが多く、殊に昭和九年以前においては、ほとんど毎年のように旧夕張川及び千歳川の屈曲した流れが河川の勾配緩慢かつ流水面積の狭小なため、この地域で停滞して氾濫していたが、昭和一二年までには千歳川及び旧夕張川の切替工事が完成し右氾濫の原因はほぼ解消した。しかし、その後も、なお、長期降雨時等には、石狩川本流の水位が上昇し、これに合流する千歳川、旧夕張川及びこれら河川に流入する排水路である馬追運河等の各水位も高くなつて、同運河等に流入する内水を排出することができず、かつ、これら河川からの逆流もあつて、同町内の低地帯に水害を起すことがあつた。そこで北海道開発局は、洪水防止施設の一環として、昭和三九年三月、同町内の中央部に、位置する馬追運河、南方部に位置する南六号川、南九号川の内水を旧夕張川又は千歳川に揚水機で排出することを内容とする千歳川長沼地区機械排水事業計画を立案し、昭和四〇年度に着工、昭和四三年一〇月末日、その完成をみた、そして、右計画の実施により、馬追運河と旧夕張川との合流点、南六号川及び南九号川と千歳川との各合流点に、それぞれ機械排水設備及び逆水門が設置され、内水の排出が促進され、増水時に石狩川本流及び旧夕張川、千歳川の高水位による馬追運河等の内水排水路への逆流現象が阻止されるようになつた。

第四当事者適格

一行政処分取消訴訟における法律上の利益

司法裁判所による行政裁判制度は、一面において行政の適法性、合公益性の確保を図る行政是正制度の一環をなすものであるとともに、他面違法な行政処分により被る個々の国民の被害の救済を図る争訟制度である。しかして司法権が行政権に介入することとなる右の制度を、行政是正の観点と被害者救済の観点との間にたつて、これを如何に構成するかは立法政策の問題であるところ、行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)は、行政に関する訴訟として、抗告訴訟(第三条)、当事者訴訟(第四条)、民衆訴訟(第五条)、機関訴訟(第六条)、の類型を定め、抗告訴訟については、処分等の取消しを求めるいわゆる行政処分取消訴訟のみならず、無効等確認の訴えにおいても、提訴者の資格として「法律上の利益を」を有することを要件とし(第九条、第三六条)、これに対し、民衆訴訟、機関訴訟にあつては、処分取消し又は無効確認等を求める訴訟であつても、提訴者の資格として「法律上の利益」を必要と定める第九条、第三六条の規定は準用せず(第四三条)、民衆訴訟提起については、法律に特別の定めがある場合に限定しているが(第四二条)、選挙人その他自己の法律上の利益にかかわらない資格で足りるものとしている。そうすると、行訴法は行政処分の効力を争う訴訟類型として、一方において主体的行政参加者たる地位に基づき、専ら国又は公共団体における行政の適法性の確保を目的とする客観訴訟としての民衆訴訟を規定とするとともに、別途、「法律上の利益」を訴え提起者の資格と定めた抗告訴訟という類型を定めているのであるから、右「法律上の利益」は、行政対象者として受ける生活利益を指称し、かつ、抗告訴訟は、その利益侵害の救済にその重点が置かれた訴訟であるものと解さなければならない。換言すれば、行政処分取消訴訟は、たとえ当該処分に違法があつても、その取消訴求者に取消しを求めるにつき利益のない限り、裁判によつてこれを取消すことはなく、瑕疵を有しながらも、これを行政部門における措置にまかす処分として残ることを認めているのである。

ところで、行訴法第九条は、行政処分取消訴訟を提起し得る者は、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限ると規定しているが、日本国憲法の施行に伴い、行政裁判制度が廃止されて、行政訴訟事件も司法裁判所の管轄に統一され、出訴事項の制限も撤廃されて、いわゆる概括主義が採用され、法律上の争訟は、憲法第三二条の裁判を受ける権利の保障のもとに、すべて司法裁判所に救済を求め得られるものとされたこと、また、行政処分は、法律関係を設定、変更するものではあるが、その目的は公益の実現にあり、その達成を効果的にならしめるためには、右処分に伴う事実上の影響、効果をも広く配慮して行われざるを得ないものであることを考慮し、更に、今日の高度に経済生活が成長複雑化した社会においては、単に国民相互間の私法上の権利関係が複雑化するのみならず、微妙な事実上の利害関係が互に因果関係を生じ、複雑多岐に錯綜し、かつ、現実の生活に無視し得ない結果を招来することも生じ、他方、行政の作用領域も、質的、量的に著しく増大し、国民の日常生活は、多種多様な形式による行政活動に密着した関係に立ち、これに対する依存度も高くなり、したがつて、一つの行政上の措置の効果は、直接の当事者のみならず、ますます広く多数の第三者の利害に複雑かつ深刻な影響を及ぼすに至つているものであることを考慮すれば、ある公益目的達成のための行政処分をなすにあたり、右処分に伴い、直接に影響を及ぼすものとして、現実に配慮されたと認むべき事実上の効果は、それ自体処分と不可分のものと考えるのが相当であるから、これもまた法的効果というべきであり、行訴法第九条にいう法律上の利益は、単なる実体法上の権利ないし保護利益にとどまらず、行政処分が法の趣旨に基づいてなされた際、法目的達成のために特にその実現が所期されたと認め得る事実上の利益も含み得るものと解すべく、したがつて、また、その利益を受けている者であれば、必ずしも処分当事者に限らず、第三者であつても、その処分を争い得る余地があるものと解するのが相当である。

しかしながら、行政処分取消訴訟は、司法権による行政への介入であり、「法律上の利益」の存在は、訴求者にその利益がある場合に限り、訴訟を通じて司法権が関与し、これがない限り、たとえ当該行政処分が違法であろうとも、司法権の関与が許されないとする司法権関与条件でもあるから、右「法律上の利益」を単に生活利益一般と同義語と解することはできないのであつて、右利益は、裁判所の司法作用たる法的判断によつて個別的に解決さるべき具体性、個別性を要するとともに、裁判所の法的判断の結果直接解決され得る利益でなければならず、更に、右利益は、前示のとおり、その保護を求めて取消訴訟を提起した者に対し、法が、行政処分を介し、その実現を所期しているものと解し得るものでなければならない。このことは、行訴法第一〇条において、取消しを訴求する当事者が、訴訟上の攻撃防禦方法として主張し得る違法事由そのものも、法がその者の法律上の利益に関係あるものとして定めてある事由に限定していることと照応するものである。

二本件訴訟における法律上の利益

1  森林法は、森林の保続培養と森林生産力の増進を図り、国土の保全と国民経済の発展とに資することを目的とし、その目的を達成するための制度の一つとして保安林制度を設けているものであることは同法第一条に照し明らかである。そして、同法第三章第一節に定めるところによれば保安林の制度は、林産物の供給という森林のもつ産業経済的機能に優先し森林の保存とその森林における適切な施業を確保することによつて、当該森林の有する事実上の作用としての自然界に対する国土保全的機能の活用を図り、水源かん養、災害の防止、産業の保護、公衆の保健、風致の保存等の公共的利益を守ることを第一義の目的とするものであるということができる。そこで、森林法は、右事実上の効果としての保全的機能を十全に発揮せしめるため、その方法として、保安林制度を定め、森林について保安林の指定がなされると、制度の効果として、その森林に関し一般国民はもとより、当該森林の所有者その他権限に基づき森林の立木竹、土地の使用収益をなし得る私法上の権利者(以下「森林所有者ら」という。)も、右森林での立木竹の伐採、家畜の放牧、土地の形質の変更等が原則的に禁止され(第三四条第一第二項)、又は、施業要件指定による立木竹伐採の制限、植栽義務を課される等(第三四条第三、第四項、第三四条の二)、その森林の自由な利用に規制を受けることとなつているのである。したがつて保安林指定解除処分の法律上の効果は、指定の効果として発生した禁止の解除、なかんずく、立木竹の伐採禁止の解除にとどまるものであつて、その効果の発生後に回復された自由に基づく伐採の効果とは、概念上は区別されなければならないものである。しかし、本件保安林部分の指定解除の如く、森林法第二六条第二項の規定による解除は、同条第一項の規定する指定目的の消滅による指定の解除とは異なり、なお森林の保全的機能に依存すべき指定目的が失われていないにもかかわらず、他の公益上の目的のための必要から、その指定の解除をなすものであるから、右解除の理由とされる他の公益上の目的は解除地域内の立木竹の伐採等が禁止された状態の下においては達成され得ないと判明しているものということとなり、この場合になされる保安林指定の解除は、解除地域の立木竹の伐採を直接かつ当然に予定しているものというべきこととなる。そうだとすると、森林法第二六条第二項の規定による解除にあつては、右に述べたとおり、立木竹の伐採を予定しない解除は観念し得ないという意味においては、伐採許可たる一面を有し、両者は、法的評価においては密接不可分であるものといわなければならない。したがつて右保安林の指定解除処分は単なる授益処分にとどまらず、場合により、伐採行為を介して、第三者に対する侵害処分たる性質を兼有するに至るものとみるべきであり、かつ、解除処分は指定の効果である禁止の解除にとどまるものであるから、右解除処分により失われる利益は、指定に伴つて生じた利益にほかならないものと解され、もし右利益が、先に説示した法が所期した利益に当ると認められる場合においては、その利益救済を求めて右指定解除処分を争をことができるものといわなければならない。

2  本件保安林部分は、馬追山丘陵一帯にわたつて指定されている約15.08平方キロメートルの水源かん養保安林の一部である。

ところで、水源かん養保安林の指定は、本来、森林法第一条に掲げる国土保全、経済発展を目的とする具体的行政処分であり、他の防備保安林と異なり、その目的とするところは、流域保全上重要な地域にある森林の理水機能を利用して降雨等の流出量を調節し、下流河川の水量を過不足なきに至らしめ、広く、当該地域における水の被害からの社会生活上の安全確保と水の利用による経済活動の発展という公益の実現を図ることにあるから、水源かん養保安林の指定における森林法上の保護利益は、右実現が企図されている公益自体であるというべきである。したがつて、森林法は、水源かん養保安林の指定効果の及ぶ広範囲内の個々人に生ずべき特定の生活利益を想定しつつ、法の保護利益そのものとしては、これを個々人の利益そのものとしてではなく、社会的存在としての一般的利益として、その個性を捨象し、公益の形で保護しているものと解すべきである。しかし特定の保安林の指定に際して、その指定目的はもとより、具体的地形、地質、気象条件、受益主体との関連等から、処分に伴う直接的影響が及ぶものとして配慮されたものと認め得る個々人の生活利益は、没個性的に一般化し得ない利益として、上述のとおり、当該処分による個別的、具体的法的利益と認めるのが相当である。

前示認定事実並びに前掲乙第四三号証の三及び九、同第四四号証の一、二によれば、本件保安林部分は他の保安林部分とともに、長沼町一円の農業用水確保目的を動機とし、水源かん養保安林として指定されたものであり、その他水源かん養保安林として指定されることによつて生ずる事実上の各種効果のうち、洪水予防、飲料水の確保、右保安林に接続して位置する田畑への土砂流入防止の効果がまず配慮されていたものであることが認められる。そうすると、右配慮された効果のうち、前示水源かん養保安林の指定目的に包摂されない土砂の流入防止の効果を除いてその余の利益は、その実現を所期されていた種類の利益であると解することができる。

控訴人は、森林法第二五条第一項第一号の目的の保安林は、同項第二号ないし第七号の保安林がいずれも比較的局所的な災害の防備を目的とするのに対し、その受益の範囲(保全の対象)が広く因果関係は不明確であり、具体的受益地域を特定できない旨主張する。なるほど、水源かん養保安林は、本来その受益範囲を広くみる場合は、降雨地点から雨水が流下し海岸に至るまでの相当広い範囲に及び、かつ、その理水作用も当該河川流域周辺の他の水源かん養保安林とあいまつて、初めて全体としての森林の理水機能により、当該下流城全域における河川の流量を調節し、用水の確保、並びに洪水、渇水の予防を図るものであるということができるのであつて、これを本件についていえば、本件保安林部分も、これを含む馬追山保安林等周辺の水源かん養保安林はもとより、石狩川上流各地における保安林とあいまつて、広く石狩川水系全域における用水の確保、洪水予防の目的に資するものであるということができる。したがつて、かかる見地からすれば、ある特定の水源かん養保安林が下流地域内のある特定地点における洪水緩和、渇水予防効果との間に果して如何なる限度で因果関係を有するかについては必ずしもこれを明確にすることはできないともいい得るが、特定の水源かん養保安林は、具体的に特定された地域において指定されるものであるから、その特定の河川流域との自然的、地理的条件によつて、当該保安林の有する理水機能がまず直接重要に作用する一定範囲の地域、換言すれば、主として当該保安林の伐採による理水機能の低下により直接に影響を被る一定範囲の地域を設定することも可能であるというべきである。

本件保安林部分一帯の地質は、前記認定のとおりであり、その設計日雨量は後記認定のとおり182.3ミリメートルであり、前掲乙第一九号証、成立に争いのない乙第一〇号証及び同第三七号証の一、二、原審証人志満一善の証言並びに前掲被控訴人土田栄本人尋問の結果によれば、本件保安林部分を含む富士戸川本、支流の集水地域3.76平方キロメートル(以下「本件流域という。)内の降雨は、そのほとんどすべてが馬追山西側山服を刻む富士戸川本、支流に流入してこれを流下し、次いで海抜六ないし一〇メートルの長沼町平野部の東西線排水路に入り、南に流れて(右流入地点の北側は標高が高く流れは北には流れない。)零号排水路を経て、馬追運河に流入し、同運河から旧夕張川に排出される水路を経由するものであるが、右地域は従来水害多発地帯であつたので、右運河が旧夕張川に接する地点には前記のとおり逆水門及び馬追運河排水機場が設置されて、右設備による内水の機械排水と、右逆水門により、石狩川支流の一たる旧夕張川からの逆流の防止が図られていることが認められる。

また、前掲乙第二二号証の一、二、前掲証人志満一善の証言により真正に成立したと認められる乙第六号証の二、前掲証人志満及び原審証人大久保隆彦の各証言によれば、防衛施設庁は、本件保安林部分の指定解除後における立木の伐採による理水機能の低下によりもたらされると予測された事態に対処するため、地元関係者と協議の上、その要望に応じ、種々の施策を構じているが、従来、本件保安林部分を含む馬追山保安林の集水地域からの流水及び伏流水を主たる給水源としていた馬追山山麓の富士戸川とタンザン川にはさまれた耕地1.89平方キロメートル(水田0.86平方キロメートル、畑1.03平方キロメートル、別添図面西一の(ロ)斜線部分)につき本件保安林部分の伐採により、代掻期(水田起耕期)に毎秒0.22平方キロメートルのかんがい用水の不足が見込まれるとして、右用水不足解消のための方策を立て、その結果、後記認定のとおりの代替施設が設置されるに至り、また、当時、未だ長幌上水道企業団の上水道施設が及んでいなかつたために、その飲料水を、本件保安林部分を含む前記集水区域からの渓流、伏流等に依存していた別添図面面一の破線で囲む範囲内の六四戸の居住者らに対し、本件保安林部分の伐採による減水あるいは汚濁の影響が及ぶことを慮り、既設の右上水道からの引水が計画されて、後記認定のとおり右引水工事がなされるに至つたことが認められる。

以上認定諸事実からすると、先ず右農業用水及び飲料水不足の影響範囲としては、それぞれ図面一の(ロ)斜線、破線内の範囲に限られるものと認めるのが相当である。したがつて、用水確保の面では、右各地域が直接の影響が及ぶ範囲であるというべきであり、右地域と生活との密接性並びにその利益の生活における重要性からみて、右地域内の耕地についての権利者ら及び右六四戸の居住者らの農業用水、飲料水確保の利益は、本件保安林の指定処分に際し、直接的に影響が及ぶものとして現実に配慮され、その実現が所期されていたと認めるべき具体的、個別的利益と解して妨げないものというべく、かつ、本件解除処分により直接にその侵害を受けるおそれのあるものであるから、右利益の享受者らは、本件解除処分を争うにつき法律上の利益を有するものと認めるべきである。しかして、弁論の全趣旨により真正に成立したと認める乙第二三、第二四号証によれば、被控訴人らのうち右地域内の耕地について右利益を有する者は、被控訴人広田康男、同酒井孝蔵、同尾毛川耕馬、同小西恵美子の四名であり、飲料水に関して右利益を有する者は、右被控訴人らのうち、酒井、尾毛川、小西の三名であると認められるから、右被控訴人らは、本件解除処分を争うにつき原告適格を有するものと認めることができる。

次に、本件保安林部分からの雨水流出経路、地形等上段認定の諸事実からすれば、富士戸川本、支流から東西線排水路、零号排水路を経由して馬追運河に至る右流域は、本件保安林部分からの流水による直接的水害のおそれが認められ、その水害対策が構ぜらるべき地帯であるところ、前掲乙第一九号証及び同第二二号証の一によれば、馬追運河排水機場流域(図面一に実線表示の範囲)は、前示各河川を含み、しかも、右排水機場は、右各河川による水害防止対策として、流水排出のために設置された設備であるところ、右排水機場流域は、その機械排水能力の及ぶ範囲として地形上予定されているものであることが認められるので、本件馬追山保安林の指定に際し、本件保安林部分に関しては、右排水機場流域が水害防止必要地域として、直接の影響の及ぶ範囲として考慮されたものと解するのが相当である。しかして、社会生活の基本的存在たる個々人の生命、身体の安全は、第一義的に考慮されなければならないことからすれば、同地域に居住する個々的住民の洪水からの生命、身体の安全は、没個性的に一般化することができない利益として配慮されているものというべく法が具体的な保安林指定処分によりその実現を所期している個別的、具体的利益であると解すべきである。

そうすると、本件記録によれば、被控訴人らのうち、別紙当事者目録<略>中に甲と表示のある被控訴人ら<編注、六二名>は、右馬追運河排水機場流域内に居住する者ではないことが明らかであるから、右被控訴人らは、そもそも本件解除処分を争う法律上の利益を有しない者というべきこととなり、同被控訴人らの本件訴えは原告適格を欠き不適法であつて、いずれも却下を免れない。そして、右以外の被控訴人ら(別紙当事者目録中に乙と表示のある者)<編注、二〇八名>は、いずれも、その肩書住所に徴し、右流域内に居住する者と推認すべく、これに反する証拠はないから、いずれも前記認定の如き生命、身体の安全の利益を享受する者であり、本件解除処分を争うにつき原告適格を有するものと認めるのが相当である。

3  なお、森林法は、第二七条において、保安林の指定及び解除の申請権を有する者として、利害関係ある地方公共団体の長のほか、右指定及び解除に直接の利害関係を有する者を挙げ、第三〇条では、申請にかかる保安林の指定及び解除をなす場合においては、右申請権者に対する通知義務を定め、更に、第三二条では、指定もしくは解除の告示に対し異議があるときには、右申請権者らに農林大臣に対する意見書の提出権を付与するとともに、農林大臣に公開の聴聞を行うことを義務づけている。しかしながら、聴聞会において傍聴者に発言を認める同法施行規則第二一条の二第六項の趣旨に照らせば、これらの規定の眼目は、農林大臣が保安林の指定又は解除をなすに当り、主として森林法の主目的たる国土の保全等公益上の見地から考慮すべき事項につき、当該関係地域についての行政上の責任者のほか、国民の行政参加の一環として、当該地域の実情に関し、その意見を聴取するに最もふさわしい立場にあると認められる直接の利害関係者を手続に関与せしめ、国民の行政手続への参加により、行政の正当性を担保しようとする目的のために認められているものと解すべきであり、これらの者の個人的、私的な利益を保護するためその機会を与え、その意見を聴取するものではないと解されるから、被控訴人らが右異議意見書提出者として、右手続上の利益関係者たる地位にあつたとしても、このことから、これを理由にして、右手続関与者が保安林の指定、解除の処分につき、これを訴訟上争うについて法律上の利益を有することの根拠とすることはできない。また、森林法第三六条が受益者負担に関する規定をおいている趣旨も、専ら衡平上の理念に出た制度と解すべきものであつて、この規定をもつて、右負担者らに保安林の指定、解除を争う法律上の利益を認めたものと解すべきものでないことは、右に述べたところと同断である。

三平和的生存権と法律上の利益

被控訴人らは、本件解除処分は航空自衛隊第三高射群基地の建設を目的とするものであるから、右基地周辺の住民である被控訴人らは、いわゆる基地公害のほか一朝有事の際には直接の攻撃目標とされ憲法前文等に根拠を有する「平和のうちに生存する権利」を具体的に侵害されるおそれがあるとして、単に、生命、身体、財産の安全等の利益にとどまらず、右平和的生存権の侵害を理由としても、本件解除処分の取消を求める法律上の利益を有するものであると主張する。

憲法前文は、その形式上憲法典の一部であつて、その内容は主権の所在、政体の形態並びに国政の運用に関する平和主義、自由主義、人権尊重主義等を定めているのであるから、法的性質を有するものといわなければならない。ところで、前文第一項は憲法制定の目的が平和主義の達成と自由の確保にあることを表明し、わが国の主権の所在が国民にあり、主権を有する国民が日本国憲法を確定するものであること及びわが国が国政の基本型態として代表制民主制をとることを規定しているところ、国民主権主義を基礎づける右主権の存在の宣明は同時に憲法制定の根拠が国民の意思に依拠するものであることを具体的に確定し、また、国政の基本原理である民主主義から基礎づけられた統合組織に関する型態としての代表民主制度については同項でこれに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する旨規定しているところから、右はいずれも一定の制度として確定され、その法的拘束力は絶体的なものであるといわなければならないものであるが、国政の運用に関する主義原則は、規定の内容たる事項の性質として、また規定の形式の相違においてその法的性質には右と異なるものがあるといわなければならない。

前文第二項は、平和主義の原則について、第一項において憲法制度の動機として表明した、諸国民との協和による成果と自由のもたらす恵沢の確保及び戦争の惨禍の積極的回避の決意を、総じて日本国民の平和への希望であると観念し、これを第一段では日本国民の安全と生存の保持、第二段では専制と隷従、圧迫と偏狭の除去、第三段では恐怖と欠乏からの解放という各観点から、より多角的にとらえて平和の実現を志向することを明らかにし、更に前文第三項は、日本国民として右平和への希求を政治道徳の面から国の対外的施策にも生かすべきことを規定しているもので、これにより憲法は、自由、基本的人権尊重、国際協調を含む平和をわが国の政治における指導理念とし、国政の方針としているものということができる。したがつて、右第二、第三項の規定は、これら政治方針がわが国の政治の運営を目的的に規制するという意味では法的効力を有するといい得るにしても、国民主権代表制民主制と異なり、理念としての平和の内容については、これを具体的かつ特定的に規定しているわけではなく、前記第二、第三項を受けるとみられる第四項の規定に照しても、右平和は崇高な理念ないし目的としての概念にとどまるものであることが明らかであつて、前文中に定める「平和のうちに生存する権利」も裁判規範として、なんら現実的、個別的内容をもつものとして具体化されているものではないというほかないものである。また、被控訴人は、右のいわゆる平和的生存権は、憲法第九条及び同法第三章の規定に具体化されているとも主張するのであるが、同法第九条は前文における平和主義の原則を受けて規定されたものであるとはいえ、同条第一項は国際紛争解決手段としての戦争、武力による威嚇、武力行使を国家の権能のうちからこれを除外すると定め、国家機関に対し、間接的に当該行為の禁止を命じた規定であり、同条第二項はわが国の交戦権に関する権利主張を自ら否定するとともに、陸海空軍その他の戦力を保持しないと宣言して、国家機関に対し、かかる戦力の保持禁止を命じているものと解すべきである。しかりとすれば、憲法第九条は、前文における平和原則に比し平和達成のためより具対的に禁止事項を列挙してはいるが、なお、国家機関に対する行為の一般禁止命令であり、その保護法益は一般国民に対する公益というほかなく、同条項により特定の国民の特定利益保護が具体的に配慮されているものとは解し難いところであ。したがつて仮に具体的な立法又は行政処分による事実上の影響として、個人に対し、何らかの不利益が生じたとしても、それは、右条規により個々人に与えられた利益の喪失とはいい得ないものといわなければならない。また、憲法第三章各条には国民の権利主義につき、とくに、平和主義の原則を具体化したと解すべき被控訴人らの主張はこの点においても理由がない。

なお被控訴人らの主張は、本件解除処分との因果関係上も肯認できない。すなわち、本件保安林部分跡地に右防衛施設を設置することは、本件保安林部分の指定解除後における跡地利用の単なる事実行為にすぎないのであつて、それによつてもたらされる事実上並びに法律上の効果は、本件解除処分によるそれとは区別して考えなければならない。けだし保安林の指定解除、立木伐採、跡地の利用は、事実上の関係においては、一連の連鎖関係にあることは否定できず、森林法第二六条第二項の規定に基づく保安林指定解除の場合は前述したような意味において、伐採は、保安林指定解除と法的には一体であると解すべきであるが、跡地利用目的は、当該、保安林を森林として存続せしむべきか否かを決定する際における公益判断の対象そのものであり解除目的から生ずる利益、不利益は、解除処分すなわち伐採に伴う影響として考慮さるべき性質のものではない。したがつて、右跡地利用行為により招来される不利益を理由に、本件解除処分を争う法律上の利益を肯認することはできないものというべきである。

第五訴えの利益

一森林性の喪失

控訴人は、本件保安林部分は、指定解除後立木が伐採されてその跡地は整地され、半永久的な、航空自衛隊第三高射群の各施設及び道路等の工作物が設置され、その現況はまつたく森林性を喪失したので、本件保安林部分に対する保安林指定処分は、その対象を失い、当然失効するに至つたから、被控訴人らは、もはや本件解除処分の取消しにより回復すべき利益を有しない旨主張する。

もとより、保安林の制度は、前述したとおり、森林の保存とその森林における適切な施業を確保することにより、当該森林の保全機能を十全に発揮させ、これが活用を図ることを目的とするものであるから、その指定対象が森林であることを要することはいうまでもないところであり、森林法第二五条第一項もそのことを明規している。

森林法は、その第二条第一項において、森林についての定義を掲げ、森林とは、「木竹が集団して生育している土地及びその土地上にある立木竹」(同項第一号)及び「木竹の集団的な生育に供される土地」(同項第二号)をいうというのであり、現に木竹が集団的に生育している土地でなくとも、それが「木竹の集団的な生育に供される土地」と認められる場合には、同法上の森林に当るものとしているのである。しかして、ここにいう「木竹の集団的な生育に供される土地」とは、伐採跡地等で現に木竹が集団して生育している土地とはいえない場合、又は、散生地のように、木竹が多少は生育しているが必ずしも集団的な生育状態にない場合であつても、植栽意思が存在し、その土地の状態から、物理的、経済的に、社会通念上、「木竹が集団している土地」とすることが客観的に可能な性質を有すると認められる場合には、その土地はなお森林性を失わず、森林法上に当るものと解するのが相当である。

ところで、森林法は、第三四条で、同条所定の場合を除き、都道府県知事の許可にかからしめて認めるほかは、保安林における立木竹の伐採、土地の形質変更を原則的に禁止し、第三四条の二で、保安林において立木竹の伐採等がなされた場合、その所有者らに植栽義務を負わせ、第三八条で、これらの禁止に違反した者に対し、都道府県知事が造林あるいは土地の原状復旧のために必要な行為を命ずることができる旨定めているから、保安林指定処分がなされた以上、当該森林所有者らには森林保持義務がある。したがつて、保安林指定処分後においては、当該指定区域内の土地上の立木竹がすべて伐採された場合であつても、その跡地が前記客観的要件を保有する限り、右土地は、森林法上の森林に当るものであるから、これに対する保安林指定の効果は当然に失われるものではないと解すべきである。

本件保安林部分は、指定解除後、約0.35平方キロメートルの全域にわたり、立木竹がほぼ全面的に伐採され、その跡地には、控訴人らの主張のとおり、航空自衛隊第三高射群の各施設とその敷地並びに連絡道路等が建設されているのであつて、現に木竹が集団的に生育している土地に当らないことは、前掲乙第一〇号証、いずれも成立に争いない乙第一一号証及び同第二一号証の一ないし五並びに前掲証人大久保の証言により、これを肯認するに十分であるが、右各証拠によれば、約0.35平方キロメートルの本件保安林部分伐採跡地は、総面積一五平方キロメートル余の馬追山保安林に包み込まれるような形で存在し、その周囲は、現に集団的に生育する樹木に囲まれていること、右跡地の利用形態は、樹木を伐採したうえ、土地を高低に応じて階段上に平担地とし、その地上に建物その他の設備を建設したものであることが認められ、右地形、周辺の状態、本件土地の利用状況等からすると、本件保安林部分伐採跡地は、現存の各施設を撤去したうえ、木竹を植栽し、自然力及び人工的措置を活用することにより、これを木竹の集団的に生育する土地に回復せしめることは、物理的、社会的観点からして決して困難なものではないということができる。したがつて、本件保安林部分伐採跡地は、木竹の集団的な生育に供される土地として、その森林性を失つていないものであるから、森林法上の森林に当るものというに足り、この点に関する控訴人の主張は採用することができない。

二代替施設

1  代替施設の大要

成立に争いない乙第三四号証の一〇及び前掲乙第四四、第四五号証の各一、二並びに前掲証人大久保の証言によれば、本件保安林部分の指定解除の申請に当り、防衛施設庁は、利害関係人長沼町長の保安林解除に対する同意の条件としての要請等地元の要望もあり、また、林野庁の行政指導もあつて、本件保安林部分の指定解除に伴う水資源確保等のための代替施設を設置することとし、(1)用水確保のための施設として、南長沼用水路の補強工事、導水路、送配水、揚水施設工事及び上水道施設工事を、(2)立木の伐採に伴い流出が予想される土砂流出防止のための砂防対策として、砂防堰堤七基(当初計画では六基)の建設を、(3)洪水防止施設として、富士戸一号堰堤の建設、富士戸二号堰堤の補強工事(当初計画では、富士戸川本、支流に各一基の堰堤新設)及び馬追運河左岸(南岸)のかさ上工事をそれぞれ立案、計画し、関係各機関との連絡打合せ、諸調査を経たうえ、昭和四四年四月初め頃その成案を得、関係各機関の協力のもとに後記認定のとおり、いずれもほぼ計画どおり右各工事を完了したことを認めることができる。

控訴人は、本件解除処分により、被控訴人らが被る不利益は、立木の伐採により、本件保安林部分が水源かん養保安林として従来果していた理水機能が低下することによつて生ずる限度の用水不足、洪水及び土砂の流出等の危険をいうにすぎないものというべきところ、右各代替施設の完成により、本件保安林部分の伐採に伴う、理水機能の低下は、完全に補填代替されるに至つたから、被控訴人らの右不利益はいずれも消滅した旨主張する。当裁判所も、本件訴えの要件として考慮さるべき利益の範囲は控訴人の右主張の限度の利益と考えるので、以下に順次この点について検討を加えることとする。

2  用水確保の施設

前掲乙第六号証の二、同第一一号証及び同第二二号証の一、二、成立に争いない乙第一七、第一八号証、控訴人主張のとおりの写真であることに争いない乙第二〇号証の八ないし二七及び同号証の三四ないし四三並びに前掲証人志満及び大久保の各証言によれば、用水確保のための代替施設としては、次の各工事がなされたことを認めることができる。すなわち、前記認定のとおり、本件保安林部分の伐採による理水機能の低下により、従来本件保安林部分を含む集水地域からの流水を主たる給水源としていた前記耕地1.89平方キロメートルにつき、代替期に毎秒0.22平方キロメートルのかんがい用水の不足が予測された。そこで、右補水源として、南長沼土地改良区が所有する用水路であつて、千歳川から取水している南長沼用水路の幹線水路の亀裂、漏水個所の補修等による漏水の防止、軽減による増加量をあてることが計画され、その方法として、右既存水路を補修して、同水路からの引水を新設の導水路及び揚水施設により後記の富士戸一号堰堤に貯水し(後記認定のとおり同堰堤のかんがい用水貯留量は64.000立方メートル。)同所で湛水中の水温上昇による温水効果をもたせたうえ、一部は更に揚水機で右堰堤上流部に配水し、一部は同堰堤の斜樋を通して下流部に送水することとされた。かくして、いずれも防衛施設周辺の整備等に関する法律による全額国庫補助のもとに、南長沼土地改良区を事業主体とし、昭和四四年度から昭和四七年度までの四年度にわたり、四期に分けて、総額二億七六一八万一〇〇〇円の工費を費して、延長八、一六七メートルにわたり南長沼用水路の改修工事がなされ、昭和四七年一二月一五日に完成した。また、これと並行して、長沼町を事業主体として、いずれも昭和四四、四五年度の二年度二期に分けて、工費合計六二四七万二〇〇〇円をもつて、延長二、〇一九メートルの導水路新設工事が、工費合計二億一二三一万二〇〇〇円をもつて、吸水槽一基及び揚水機四基の据付け、送水管延長一六、七三五メートルの敷設を含む揚水施設工事がなされ、前者は昭和四五年一二月一五日、後者は昭和四六年三月三一日それぞれ完成した。その結果、長沼町が新施設工した導水、揚水施設も従来の南長沼用水路と一体として南長沼土地改良区の管理下に移され、右用水改良工事完了前の昭和四六年四月下旬から送水が開始され、農業用水の不足の解消については、右各工事の完成により所期の目的が達成された。また、前記認定の六四戸の居住者に対する飲料水施設については、長幌上水道企業団の経営する既存の上水道から分水して給水することとし、これも前同様全額国庫補助のもとに、長幌上水道企業団を事業主体として、昭和四四、四五年度の二年度二期に分けて、工費合計三〇一三万九〇〇〇円を費して、延長九、六三八メートルに及ぶ送配水施設工事がなされて、昭和四五年一一月三〇日完成し、対象民家六四戸に送水がなされるに至つている。右事実によれば、前記被控訴人広田康男、同酒井孝蔵、同尾毛川耕馬、同小西恵美子の四名が本件解除処分により被るべき農業用水、飲料水の不足等の不利益は、すべて右各代替施設の完成により代替補填されるに至つたものと認めることができる。したがつて、同被控訴人らは、この関係においては、もはや本件解除処分を争い、その取消しを求める具体的な利益を失つてているものというべきである。

3  砂防施設

前掲乙第一〇号証、同第一七、第一八号証及び同第四四号証の二、控訴人主張のとおり写真であることに争いない乙第二〇号証の一ないし七並びに前掲証人大久保の証言によれば、札幌防衛施設局は、本件保安林部分の立木が伐採され、約70.000立方メートルの土地が切盛される等、同地域内の土地の形質で変更されるのに伴う土砂の流出を防止するため、富士戸川本、支流の沢部分に、重力式無筋コンクリート造りで、別添表二六の種類、構造欄記載の規模の七基の砂防堰堤の建設を計画し、昭和四五年一〇月二八日本件保安林部分の立木伐採開始に先立ち、同局の直轄工事として、同年六月二五日、右表記載の一号、三号、五号、七号の各砂防堰堤の建設に着手して、同年九月三〇日、これを当初の計画どおり完成し、引続き、同年八月一八日から一一月一五日までの工事期間を経て、二号、四号、六号の各砂防堰堤を、同様右計画どおり完成させ(以上の総工費は六〇六二万六〇〇〇円。)、昭和四六年三月二五日本件保安林部分の立木伐採完了後には、土盛部分を厚さ三〇センチメートルごとに転圧し、法面に張芝をなし、排水路を設置する等の工事をなしたことを認めることができる。ところで土砂の流出防止による利益自体は、本件保安林の指定による所期利益に当らぬことは、前述のとおりであるが、砂防堰堤は、その建設による随伴的効果として、渓床勾配の緩化をもたらし、これによる流水の流速低下、山脚固定等により、洪水調節の機能をももたらすことは、容易にこれを肯認し得るところである。

成立に争いない乙第三五号証、前掲乙第四四号証の二及び前掲証人大久保の証言によれば、右七基の砂防堰堤の計画根拠は前記表二六のとおりであるところ、昭和四九年五月二三日、昭和五〇年八月二九日の二回にわたる測定の結果によれば、右各砂防堰堤のたい積砂量は別添表二七のとおりであることが認められる。右表二六記載のとおり建設前の計画段階における推量計算上右七基の砂防堰堤の設置五年後の予想貯砂量は合計五、八六四立方メートルとされていたが、右表二七により明らかなとおり、昭和四五年一一月一五日完成後すでに四年九箇月を経た後の各堰堤の現実の貯砂量は、約一、九八〇立方メートルにすぎず、その間後記のとおり昭和五〇年八月の六号台風に伴う大量降雨による流出土砂が少なからず存すると推測されるにもかかわらず、実際のたい積土砂量は予想計算を遙かに下回るものである。一般に、これらの施設は、一定期間を限度とする貯砂能力を予定して設置されるものであるところ、右実績にかんがみると、七基合計二〇、三三〇立方メートルの計画が貯砂能力をもつ右各砂防堰堤は、完成後四年九箇月を経た時点において、計算上向後なお少なくとも三〇年を越える期間土砂の流出防止の機能を発揮することが期待できる。被控訴人らは、本件保安林部分からの流出土砂量の予測に関し、芝張地の崩落等の危険性を主張し、右各砂防堰堤について予定された貯砂能力に対比して、控訴人の推定計算による数値が過少である旨抗争し、昭和五〇年台風六号により施設中における芝張地が一部崩落したことは控訴人もこれを争わないが、前記表二七に明らかな過去の実績たい積土砂量中には、右崩落の結果も含まれているのであるから、右主張は採用できない。

4  洪水防止施設

(一) 富士戸一、二号堰堤工事とその規模

いずれも成立に争いない乙第一五証の一ないし三、同第一六号証の四、同第二五号証及び第四二号証、控訴人主張のとおりの写真であることに争いない乙第二〇号証の二八ないし三三及び同号証の四四、四五、前掲乙第一一号証、同第一七、第一八号証、同第四四号証の二及び同第四五号証の一、二並びに前掲証人大久保及び志満の各証言によれば、長沼町は、本件保安林部分の指定解除に伴う洪水防止対策として、前記防衛施設周辺の整備等に関する法律に基づき、総工費三億一三八二万三〇〇〇円につき、全額国庫補助を受け、昭和四四年一一月四日から昭和四五年三月二五日にかけて、富士戸川本流の上流部(後記富士戸一号堰堤より上流約一、五〇〇メートルの地点)に存する既設のかんがい用土堰堤(富士戸二号堰堤)の堤体を補強するため、これに接する渓流のうち一四一メートルにわたり、コンクリート及びコンクリートブロツクで三面装工の護岸工事を施し、洪水時に渓流に面した堤体脚部の洗堀による決壊の防止を図るとともに、本件保安林部分の立木伐採により増加が予測される洪水流出量の調節を目的として、昭和四四年八月一一日から同年一二月二〇までと、昭和四五年五月一一日から翌四六年三月二五日までの二期に分けて、富士戸川本流と支流の合流点(位置は図面一参照)に、前述のとおり農業用水の確保を兼ねた富士戸一号堰堤を構築したこと、右富士戸一号堰堤は、本件流域、すなわち、本件保安林部分を含む富士戸川本、支流の集水地域三、七六平方キロメートル内の流出雨量はすべてこれに流入することが予定されたもので、堰堤高八メートル(堰堤天端標高二五メートル)、堰堤長二一三メートル、堰堤総幅員55.65メートル、湛水面積60.000平方メートル、かんがい用貯水容量(有効貯水量)六四、〇〇〇立方メートル(常時満水位標高二二メートル)、洪水調節量六八、〇〇〇立方メートル(設計洪水標高23.40メートル、ただし、後記認定のとおり最大可能洪水位は標高24.40メートル。)、堆砂量二一、〇〇〇立方メートルの規模をもつ前面舗装型フイルダムで、構造上、堰堤本体は砂質土(山砂利)で構築され、堰堤のりの勾配は、上流が二割(1対2.0)、下流が三割(1対3.0)であり、上流前面は、ベントナイト混入の心土の上に七〇センチメートルの厚さに切込砂利層を造り、その表面を更に一九センチメートルのアスフアルト舗装で仕上げ、下流前面は、二〇セントメートルの粘土の表面を芝張仕上げしたもので、その右岸(北側)に高さ2.35メートル、幅6.20メートル、延長三五五メートルで、末端部に減勢装置を付した自然調節型の余水吐が、右岸際の堤体脚部付近には、土砂吐水門とかんがい用水用の斜樋が設けられていることが認められる。

(二) 富士戸一号堰堤余水吐の排水能力

(1) 前掲乙第二五号証によると、財団法人建設技術研究所が行つた縮尺二〇分の一の模型実験の結果によれば、富士戸一号堰堤余水吐の各水位に対応する余水吐からの流出量は別添表一のとおりであることが認められ、右数値は、前掲乙第一六号証の四記載の計算方法に基づく数値に対比すれば、設計時における予想数値にほぼ合致し、出水時において、右堰堤内水面における波高として0.6メートルを考慮に入れると、流入した水が右堰堤の堤体を越流する危険なくして右余水吐から排出される流量が最大になるのは、堰堤天端標高二五メートルとの間に右0.6メートルの余裕をおいたとき、すなわち、堰堤水位が標高24.40メートル(余水吐水位の標高24.24メートル)のときであること、そのときの最大排出量、換言すれば、右余水吐の最大排水能力は毎秒36.11立方メートルであることが認められる。

もつとも、成立に争いない甲第一八二号証「最新フイルダム工学」(社団法人発電水力協会編)によれば、フイルダムの特徴は、粒状材料により構成されているため越流に対し弱いことで、その破壊の第一の原因は、洪水が堤頂を越流したことによる決壊であることが認められ、また、成立に争いない乙第四〇号証によれば農林省農地局制定の「土地改良事業計画設計基準」(昭和四一年六月三〇日改定、以下甲第一七三号証とともに「設計基準」という。なお、乙第四〇号証は、二、三頁、一四五ないし一四八頁、二二〇ないし二二二頁、甲第一七三号証は三〇ないし五三頁である)。は、フイルダムの余裕高は、如何なる悪条件下においても、洪水が堤頂を越流することのないよう十分大きくとるべきことを要求し、本件富士戸一号堰堤の如く堤高(堰堤の基礎地盤と堤頂との標高差)一五メートル未満のいわゆる低ダムの場合でも、その余裕高(計画最高水位すなわち設計洪水位と堤頂との標高差)は「0.05H+1.0(m)」の数式(Hは基礎地盤から計画最高水位までの高さ)により算出される数値を要し、如何なる場合でも最小限1.0メートルの余裕高をとることが望ましいとしていることが認められる。しかし、先に言及した0.6メートルとの数値は、堰堤設計時にその安全性確保のために要求される余裕高とか、完成後の堰堤が実際に有する余裕高とは別の問題で、洪水時に、堰堤内水面に生ずる波浪の波高が、堰堤尖端に達した極限状態(波高が堰堤高と同一になった状態)の下において、しかも、波浪が堤体を越流することなくして、余水吐が最大限どの程度の洪水量を処理し得るかの限界を検討するに当り考慮すべき数値、換言すれば、堰堤の最大可能洪水位を意味するものであるから、この場合においては、控訴人主張のとおり波高のみを考慮の対象におけば足りるものというべきであり、前記数式「0.05H+1.0」を顧慮する必要はない。そうすると、本件富士戸一号堰堤のダムサイトは前記設計基準によれば、北海道における弱風帯にあり、局地的な強風地帯である証拠はないから、その風波高の計算に当つては、最大風速を毎秒二〇メートルとみて妨げないものと解すべく、また、前掲乙第一五号証の二によれば、堤体からその対岸までの最長自由水面距離すなわち対岸距離は三〇〇メートルと認められるところ、富士戸一号堰堤の上流斜面がアスフアルト舗装され、勾配が二割(1対2.0)であることは前記認定のとおりであるから、右各数値を前記設計基準中の「風波高の計算図表」(図四・二五)にあてはめれば、右風波高として0.6メートルとの数値が得られることを認めることができる。しかして、右風波高を求めるについて使用した数値及び算式等は、いずれも前記設計基準に拠つたもので、その性質上、いずれも広く一般に用いられる基準として合理性を有するものと認むべきであるから、これに依拠して算出された右数値もまた十分に合理性をもつものということができる、したがつて、富士戸一号堰堤の余水吐の最大流下量としては、前記模型実験の結果によつて得られた毎秒36.11立方メートル(このときの同堰堤の水位、すなわち最大可能洪水位は標高24.40メートルである。)との数値を採用するのが相当である。

(2) ちなみに、余裕高(計画最高水位と堤頂との標高差)に関する前記数式「0.05H+1.0」(Hは基礎地盤から計画最高水位までの高さ)は、前記設計基準第一七条の解説によれば、本件富士戸一号堰堤の如く堤高一五メートル未満のいわゆる低ダムの貯水池面積は、大多数が0.1平方キロメートル以下であるから、その対岸距離は最大に見積つても五〇〇メートル、最大風速毎秒三〇メートル、堰堤斜面の勾配2.5割の張石として、前出の風波高の計算図表により風波高を求めた結果が1.0メートルと出るところから、これに堤高に比例した安全高(0.05H)を加えて右公式としたものであることが認められる。そうすると、本件富士戸一号堰堤において、右1.0メートルに相当する数値として、0.6メートルを得られることは、前記の波高計算の結果から明らかであり、同堰堤の基礎地盤から計画最高水位までの高さは前掲乙第一五号の一及び同第四二号証によれば、23.40メートルから15.0メートルを控除した8.40メートルであるから、右公式における0.05Hは0.42メートルとなり、これによれば、本件富士戸一号堰堤の余裕高としては1.02メートルあれば不足することがないことが分る。

ところで、本件において、富士戸一号堰堤への最大洪水流入量は毎秒21.379立方メートルであり、これに対応する余水吐流下量が毎秒16.60立方メートルであることは後記認定のとおりであるから、前記模型実験の結果得られた表一の数値からすれば、このときの堰堤水位が同表上の余水吐流下量毎秒19.40立方メートルに対応する23.59メートル以下であることは明らかであるから、その際の同堰堤には、実際上は、1.40メートルを超える余裕高(前記設計基準が最小限度の余裕高として要求するのは1.0メートルである。)が存することとなる、なお、被控訴人らの主張する2.0ないし3.0メートルとの数値は、堤高一五メートル以上の高ダムについて要求される余裕高であることは、前記設計基準第五三条の解説によって明らかであるから、富士戸一号堰堤に関しては問題にすべき余地はない。

(3) 更に、被控訴人らは、前記設計基準によれば、堰堤堤頂部には、基礎地盤及び築堤材料の完成後の沈下量を見込んで、必要にして十分な量の余盛もとらなければならず、通常は堤高の一パーセントを見込む必要があるとし、富士戸一号堰堤の堤高は8.0メートルであるから、0.08メートル要するところ、この要求が満たされていない旨主張する。しかし、成立に争いない乙第四一号証によれば、昭和四六年三月富士戸一号堰堤完成後ほぼ四年半経過した昭和五〇年九月一五日当時において、同堰堤の堤体は、実測、最低部分でも標高25.058メートルとなつていることが認められ、更に、同堰堤堤頂上に存する保安上のガードフエンス支柱のコンクリート基礎工まで入れると、その最も低い部分でも標高25.264メートルとなることが認められるから、富士戸一号堰堤は、右余盛の点においても欠けるところはないというができる。

(三) 洪水調節能力の検討方法

富士戸一号堰堤が、洪水防止施設として、伐採された本件保安林部分に代る施設であるといい得るためには、本件保安林部分が、その理水機能により、立木伐採以前に果して来た洪水緩和の効果に対応し、それと同程度の洪水調節機能をもつものでなければならないし、また、代替施設であるとするには、その限度をもつて足りるものというべきである。すなわち、先にみた富士戸一号堰堤余水吐の排出能力を前提としたうえで、本件保安林部分の立木伐採による本件流域の理水機能低下により増加が見込まれる洪水流量が、富士戸川本、支流を経て富士戸一号堰堤に流入し、これを通過することによつて調節され、その余水吐から流下する水量が伐採以前と変らないか、もしくは、それ以下であれば、富士戸一号堰堤は、その有する洪水調節機能により、従前伐採前の本件保安林部分が果していた理水機能に代り得る機能を果しているものといえるのである。しかしながら、森林の伐採による理水機能の低下によつて増加する洪水量の推定は、その地域における降雨量の多寡、その集中度、あるいは流出率等の予測困難な与件因子の相関関係のもとにおいてなされざるを得ないから、ある程度の蓋然性をもつて満足せざるを得ないものというべく、裁判上この種の問題については、水文統計資料等に基づき、社会通念上一応の合理性の認められる方法をもつて検討すれば足りるものと解すべきである。そこで、以下に、まず、本件流域にどの程度の降雨があると予測されるかを検討して、本件流域における降雨量(確率日雨量)の推定をなし、次いで、右降雨中最大限どの程度の水量が地表流となつて流出し、富士戸川本、支流を経て富士戸一号堰堤に流入すると考えられるかに検討を加えて、富士戸一号堰堤への最大洪水流入量を推定し、かくして得られた最大洪水流入量の流入があつたときに、前記認定の能力を有する富士戸一号堰堤の余水吐が、果して右にいうような洪水調節の機能を発揮し得る能力を有するか否かについて検討を進めることとする。

(四) 流域雨量の推定

本件流域内には雨量観測所が存しないので、本件流域内の確率雨量を求めるにつき、これを直接本件流域内における既往の観測資料から推定することはできない。右確率雨量の推定に当つては、本件流域周辺の類似の気象影響圏内の地域の観測資料によるほかはない。いずれも成立に争いない甲第一七三号証、乙第二六号証の一、二及び同第二八号証によれば、本件流域付近の長沼観測所の大正一四年から昭和四八年までの間の四六年(昭和一三年、二三、二四年は欠測)の各年最大日雨量をもとにして、確率雨量の推定方法として一般に使用される岩井法により一〇〇年確率最大日雨量を算出すると、その結果は、控訴人が本件流域雨量として採用すべく主張する151.9ミリメートルとの数値を得ることができ、右数値は、本件流域至近の観測所における長期間にわたる資料を基礎にした計算であるから、一応その合理性があるものと認めるべきである。

被控訴人らは、前記設計基準を援用し、確率雨量推定の基礎となるべき観測資料は、できる限り広範な範囲から収集すべきであるとし、本件流域周辺について、札幌管区気象台の二〇年以上の各年別最大日雨量に関する公式資料に基づいて計算した一〇〇年の確率最大日雨量として、支笏湖観測所で385.4ミリメートル、栗沢観測所で341.9ミリメートル、南幌観測所で337.1ミリメートルとの数値を挙げて、右151.9ミリメートルとの数値が過少にすぎるとし、また、平地にある長沼観測所の資料をもとに山地である本件流域の雨量を推定するのは、平地とは異なる山地の降雨特性を無視するものであると非難する。たしかに、一般的にいえば、洪水量の予測にかかわる確率雨量推定のための基礎資料をなす降雨資料の収集は、事柄の性質上安全尊重の観点から、なるべく広い範囲ですることが望ましいことや、平地に比較し、山地に向うに従い降雨量が増大する傾向にあることは、前記設計基準の指摘をまつまでもなく、経験則上も容易に肯認し得るところである。しかしながら、右のようにいうことによつて、現地の実情を無視してはならないのであつて、本件流域は、前述した本件保安林部分周辺の地理的概要並びに前掲乙第二二号証の一及び成立に争いない乙第二七号証(日本気象協会北海道本部編、北海道開発局監修「一〇〇年確率等雨量線図」)により明らかなとおり、東側には由仁町、南側には千歳市等の平地を控え、北西に広く開けた石狩平野の一隅に、低く丘陵をなす馬追山(最高標高約二九〇メートル、平均標高一二〇メートル)の西側斜面に存在し、山地としての性格はさほど顕著なものではないと認められること、それに加えて、右乙第二七号証によれば、本件流域付近には、一〇〇年確率等雨量線図上明らかな降雨特性、すなわち、馬追山丘陵の北西側から山頂を経て南東側に向つて降雨量が減少する傾向の存することが認められること、更には、長沼町内にある長沼観測所は、被控訴人らの指摘する支笏湖、栗沢、南幌の各観測所に比し、本件流域に極めて接近して存在するのに対し、支笏湖観測所は、右一〇〇年確率等雨量線図により容易に看取されるとおり、本件流域の南西に位置し、海岸に近く、支笏湖を控えているうえに、周囲を恵庭岳(標高一、三二〇メートル)や樽前山(標高一、〇二四メートル)等に囲まれる等地理的条件も異なるところから、その降雨特性の相違は明らかであり、また、栗沢、南幌両観測所は、本件流域の北西方に位置して石狩湾に近く、右等雨量線図上、明らかに降雨量の増加する傾向が認められる方向に位置しており、いずれも、本件流域に比し多雨地域に当る(ちなみに、右等雨量線図上の各観測所の一〇〇年確率日雨量は、支笏湖三四〇ミリメートル、栗沢二六〇ミリメートル、南幌二九〇ミリメートルである。)と認められること、しかも、長沼観測所における観測期間が長期にわたつていて、確率水文量計算の基礎資料が多く計算値の信頼度が高いと考えられることからすれば、被控訴人らの批判は当らないものというべきである。

もつとも、前掲乙第一六号証の四及び前掲証人志満、同大久保の各証言によれば、富士戸一号堰堤の設計段階においては、安全度を考慮し、本件流域雨量の推定資料として、支笏湖付近の北海道さけ・ます艀化場千歳支所における昭和三〇年から昭和四〇年までの一一年間における各年最大日雨量をもとにして岩井法により計算した一〇〇年確率最大日雨量255.7ミリメートルを採つていることが認められる。しかし、右数値は、僅か一一年間の観測資料に基づく一〇〇年確率水文量の推定値であつて、基礎となる統計期間と確率年との間の差が過大にすぎることから、その信頼性にはやや疑問が残るのみでなく、前示のとおり千歳支所付近は本件流域より多雨地域にあることが認められるから、設計段階において右数値を使用したことには、安全性配慮の見地からそれなりの意味があつたと認められるが、完成した富士戸一号堰堤の洪水調節能力を代替能力の点から検討するには、本件流域の推定日雨量として前示長沼観測所資料を排して、右数値を採用することは必要でもなく適切でもないというべきである。

なお、前掲乙第二七号証によると、前記一〇〇年確率等雨量線図上の長沼観測所の一〇〇年確率最大日雨量は、一八八ミリメートルとなつていることが認められ、また、被控訴人らは、昭和四九年度の土木学会北海道支部に発表された「北海道における確率降雨分布と地域特性について」との論文が提唱する方式により算出した本件流域の一〇〇年確率最大日雨量は一九二ミリメートルとなると主張する。しかしながら、成立に争いない乙第三九号証によれば、前者の数値は、長沼観測所の昭和二五年から昭和四一年に至る一七年間の降雨観測資料をもとに資料の少い場合に採用されるトーマス法により算出されたものと認められるから、その基礎をなす統計資料数の多寡の比較において、また後者の算定方式は、成立に争いない甲第二〇〇号証により認められるように、資料不足等の場合に備え、確率雨量強度式を地域的分布に拡大し、資料の収集、解析作業の省力化を目的として開発された簡易な降雨強度式である点を考慮すれば、前示の如く長期間にわたる観測資料が存在する場合には、確率雨量としては、右資料の解析に基づく算定結果の方がより合理性があるものといわなければならず、被控訴人らの主張は採用できない。

以上の諸点を考慮すれば、前記一〇〇年確率最大日雨量151.9ミリメートルをもつて、本件流域の日雨量と推定するのが地域の実情に適し、相当であると認める。

しかして、本件流域の日雨量を推定するに当り、確率年として一〇〇年の長期を選択したことは、すでにそれ自体安全性を見込んだものというべきであるが、以下においては、前記設計基準第一五条の余水吐の設計降雨量は一〇〇年確率日雨量の1.2倍とするとの安全基準に準拠し、前記151.9ミリメートルに更に1.2を乗じた182.3ミリメートルを検討基準として採用することにする。

(五) 最大洪水流入量の推定

そこで、まず、右に採用した日雨量182.3ミリメートルについての雨量分布(降雨量の時間配分)を推定する。成立に争いない乙第二九号証により、確率雨量の時間配分を推定するについて一般に用いられる方法と認められるシヤーマン法により、右日雨量182.3ミリメートルについての一時間ないし二四時間雨量を推定すると、別添表二の数値が得られるから、この各時間雨量について、それぞれその直前の時間雨量を控除することにより、一時間毎の降雨量を算出すると、その結果は別添表三のとおりとなり、右一時間毎の降雨量を、更に、一般的な降雨型に準じて、中央山型に分布すると、別添表四を得ることができる。

次に、富士戸一号堰堤への最大洪水流入量を推定するため、単位流出量(降雨中直接地表に流出する量を単位時間当りで表したもの)及び流出率(降雨量に対する有効雨量の比率)を決定し、これを前記雨量分布に適用して有効雨量(降雨中直接地表に流出する量)時間別流出量及び合成流出量を順次算出するが、その方法としては、佐藤流出関数法を採ることとする。この方法は成立に争いない甲第二〇二号証によれば、流出量を算定するための計算方法として、広く一般に使用されている方法であると認められるところ、右方法に拠ること自体は、後述するとおり、右公式に使用すべき数値のうち到達時間、係数αについて争いのあることは別として、被控訴人らも争うものではない。まず、単位流出量(単位流域一平方キロメートルに一様に単位雨量一ミリメートルが降り、その全量が流出するものと仮定した場合、換言すれば、流出率を一と仮定した場合における各時間毎の流出量)の計算結果は、成立に争いない乙第三〇号証によれば、別添表五のとおりとなることが認められる。次に、総雨量と総流出率との関係については、前記設計基準に別添表七のとおりの基準値が示されていることは当事者間に争いがないから、右数値を採用し、これを前記中央山型の雨量分布(表四)にあてはめると、別添表八のとおり各時間毎の有効雨量を得ることができる。そして、前記時間毎の単位流出量(表五)に、右表八の時間毎の有効雨量を乗じ、これに、更に、本件流域のうち本件保安林部分を除いた地域の面積3.408896平方キロメートル(本件保安林部分0.351104平方キロメートルについては、後記のとおり別途算出する。)を乗じて時間別流出量を算出し、右時間別流出量を合算することにより本件保安林部分を除いた本件流域内の時間別合成流出量を求めることができる。この計算に当り、控訴人は、本件保安林部分中現に伐採ずみの地域0.335平方キロメートルと、右部分を除いた本件流域とに分けて計算しており、その結果は、成立に争いない乙第三六号証の三ないし六によれば、本件流域のうち、右伐採ずみ部分を除いた部分については、別添表九のとおりとなることが認められる。しかし、本件保安林部分はすでに指定解除ずみであり、今後いつでも伐採可能な地域であるから、右計算に当つては、本件保安林部分全域を本件流域から除外するのが相当である。そうすると、右表九の数値によれば、本件流域面積からそれぞれ本件保安林部分を除いた面積と、本件保安林部分中伐採ずみの土地を除いた面積の比により、本件保安林部分を除いた本件流域からの最大洪水流出量、すなわち富士戸一号堰堤への最大洪水流入量を推定することができ、その数値は毎秒16.448立方メートルとなる。また、本件流域のうち本件保安林部分については、流出率を0.8としてラシヨナル式により算出すると、その結果得られる同地域からの最大洪水流出量(富士戸一号堰堤への最大洪水流入量)は、前掲乙第三六号証の三ないし六により認め得る別添表一〇の数値から前同様本件保安林部分とそのうちの伐採地域との面積比で求めた毎秒4.931立方メートルとの数値となる。したがつて、以上を合計した毎秒21.37九立方メートルが、前記日雨量182.3ミリメートル降雨があつた場合に、本件流域から富士戸一号堰堤に流入すると推定される最大洪水流出量である。被控訴人らは、右最大洪水流出量は、設計基準に定める比流量からみて少量すぎる旨主張する。しかしながら、前掲甲第一七三号証によれば、前記設計基準にいうところは、流域面積が一〇平方キロメートル以下の場合には、面積が小さくなるに従い流出率が大きくなることを、一定量の降雨に対し、流域面積の大小により、流域面積五平方キロメートルの場合には一平方キロメートル当り毎秒二〇立方メートルであり、三平方キロメートルの場合には一平方キロメートル当り毎秒二二立方メートルとの比率で示しているにすぎないものであつて、右設計基準上は、その、一定の降雨量は与えられていないのであるから、本件で採用した前記日雨量のもとで得られた右最大洪水流出量を単純に右数値と比較することには格別の意味はないものといわなければならない。かえつて、右設計基準では、ダムの流域面積が約五〇平方キロメートル以下の小流域であつて、信頼できる水文資料が乏しい場合には、地域別比流量を参考にして一〇〇年確率流量を推定してよいとし、それによれば、北海道地方は一平方キロメートル当り毎秒六立方メートル以上とされているから、前記最大洪水流量21.379立方メートルとの数値は右設計基準にみあうものであるといえる。

(六) 余水吐の洪水調節能力

前掲甲第一七三号証、成立に争いない乙第一六号証の三及び前掲証人大久保の証言によれば、自然調節型の余水吐を設置した貯水池においては、これに流入した水は、貯水池満水面上に、一部一時的に貯留される(遊水作用)ので、余水吐から流出する最大洪水流出量は、最大洪水流入量より少なくなること、貯水池の有するこの機能を洪水調節能力というが、本件富士戸一号堰堤も、右洪水調節能力により洪水流入量の調節を図ることを目的とするものであることが認められる。そこで、富士戸一号堰堤の水位が常時満水位(標高二二メートル)にあるとして、これに流入する洪水量が前記最大洪水流入量に達した場合における余水吐からの流下量(最大排出量)を検討するに、成立に争いない乙第三三号証により洪水調節池の洪水調節量の推定に関する一般的な方法であると認められるエクダールの解法によると、成立に争いない乙第三四号証によつて認められるとおり、右余水吐からの最大排出量としては毎秒約16.60立方メートルとの数値を得ることができる。右数値は、最大洪水流入量の算出に当り、本件流域を伐採地域(防衛施設地域)とそれ以外の地域に分けて計算した毎秒21.231立方メートルとの洪水流入量を前提とするものであるが、右数値は、前記認定の最大洪水流入量毎秒21.379立方メートルとの間に僅か0.148立方メートルの差異があるにすぎないから、右最大洪水流入量毎秒21.379立方メートルに対応する最大排出量は、右乙第三四号証によつて認められる数値とさほど違いはないものというべきである。したがつて、本件保安林部分の立木伐採後における本件流域からの最大洪水流入量毎秒21.379立方メートルは、富士戸一号堰堤を通過することにより、その洪水調節機能によつて、余水吐から流下するときは毎秒約16.60立方メートルに調節(減量)されるものということができる。

右毎秒16.60立方メートルとの数値は、成立に争いない乙第三二号証により認められる本件保安林部分の立木伐採前の本件流域からの最大洪水流出量毎秒18.143立方メートルを下廻るものであり、しかも、同堰堤余水吐の最大可能排水量毎秒36.11立方メートルを超えるものでないことが明らかである。なお、この場合に、最大洪水流出量毎秒21.379立方メートルに1.2を乗じた異常洪水量毎秒25.655立方メートルをとつてみても、成立に争いない乙第三六号証の一によれば、右洪水量も、富士戸一号堰堤の洪水調節機能により、余水吐から流下するときは毎秒約20.20立方メートルに減量されることが認められるから、伐採前における計算上の異常洪水量より少なく、かつ、この場合にも十分余裕をもって排出し得るものであるということができる、のみならず、右乙第三六号証の一によれば、富士戸一号堰堤余水吐の最大排水能力毎秒36.11立方メートルをもつてすれば、日雨量三二〇ミリメートルまでの降雨による洪水に対しては、これを調節し得るものであること(このときの最大洪水流出量は毎秒約四六立方メートル、余水吐からの最大排出量は毎秒約35.8立方メートルである。)を認めることができる。したがつて、富士戸一号堰堤は、その洪水調節能力により、伐採前の本件保安林部分が果していた理水機能による洪水防止の機能に代る機能を十分に営み得るものであるということができる。

被控訴人らは、フイルダムの洪水調節能力の測定及び安全性につき前記設計基進第三部第一編フイルダム第一七条「フイルダム余水吐の設計にあたつては、原則として、貯水池満水面以上の一時的な洪水貯留能力を考慮に入れない。ただし、非調節型余水吐で、かつ流域面積に比べて満水面積がかなり大きく、十分に安全性が確認できる場合に限り、余水吐の洪水調節能力を考慮してもよい。」を引用し、本件富士戸一号堰堤の如きフイルダムの余水吐を設計するに当つては、原則として貯水池満水面以上の一時的な洪水貯留能力を考慮に入れず、ただ満水面積が流域面積の三〇分の一より大きく、洪水到達時間が相当長い場合には、余水吐の洪水調節能力を考慮してもよいとされているにすぎないとしたうえ、富士戸川の流域面積は3.76平方キロメートルあるのに対し、富士戸一号堰堤の満水面積は60.000平方メートルであつて、その比率は六三分の一であるから、右設計基準によれば、富士戸一号堰堤は余水吐による洪水調節を考えてはならない場合に該当すると主張する。しかし、前掲甲第一七三号証によれば、右設計基準第一七条が堰堤の満水面積とその流域面積との比率を考えているのは、その解説により明らかなとおり、余水吐を設計するに際し、堰堤の満水面積が流域面積の三〇分の一より大きい等一定の条件を具備するときは、前述した堰堤自体の有する洪水調節能力を考慮して、その断面等の規模を縮小してもよいというにすぎないのであつて、堰堤の満水面積が流城面積の三〇分の一以下であるときには、余水吐によつて洪水調節をしてはならないとするものと解すべきではなく、現に存する余水吐の能力を考えれば、本件においては、最大降雨量に対する堰堤容量になお十分の余裕があるから、被控訴人らの右批判は当を得ないものというべきである。

次に被控訴人らは、本件保安林部分伐採後の同地域からの洪水流出量の算定に当り採用したラシヨナル式の適用に当り使用すべき洪水到達時間の推定方法に誤りがあり、これを30.3分とすべきところ一時間としていると主張する。しかし、この点についての被控訴人らの非難は、本件保安林部分伐採前の本件流域からの洪水到達時間の計算をなした乙第一六号証の二を本件保安林部分の伐採地域からの洪水到達時間の計算に関するものと誤解し、その内容において地表流、みぞ流河道流等の区別を導いているものであるから失当である。のみならず、前掲甲第一七三号証及び同第二〇二号証によれば、設計洪水量の算定に当りラシヨナル式計算法によつて計算された洪水到達時間が一時間以内の場合には、これを一時間として扱うとされていることが認められることからしても、右主張は容れることができない。

また、被控訴人らは、単位流出量の計算に当り使用すべき数式の係数α(流量が早期に多量に流出するか、漸時少量ずつ流出するかを表す係数)の値を一としたのは誤りであり、右αの値は二になるべきものである旨主張する。すなわち、成立に争いない乙第一六号証の二によれば、洪水到達時間(T)の推定に当り、主としてルチハの式及び愛知用水公団設計基準を併用し、降雨が流域内の最遠点から富士戸一号堰堤に達するまでを、地表流、みぞ流、河道流に分け、その各所要時間を合計してこれを一時間としているが、洪水到達時間(T)は、一般に最大降雨量から最大流出量までの時間(最大流量の到達時間、tl)の二倍とされているところ、右係数αと右最大流量の到達時間(tl)との間には「」の関係があるから、αの値を一と採るならば、一般に最大流量到達時間(tl)の二倍である洪水到達時間(T)は二時間とならなければならず、この点に矛盾があるというのである。なるほど前掲甲第二〇二号証(水理公式集)によれば、本件保安林部分を除く本件流域からの洪水流出量の算定に当り使用した流出関数法においては、一般に最大流量到達時間(tl)と係数αとの間には「」の関係があるとされていることが認められるけれども、右甲第二〇二号証によれば、洪水到達時間(T)が最大流量到達時間(tl)の約二倍とする関係が成立つのは、専ら河道流の洪水到達時間を求めるルチハの式に拠つた場合にのみいえることであり、これと異なる地形を含む地域における洪水流量算定方式である流出関数法に直ちに全部的に適用することは誤りである。そして、前掲乙第一六号証の二における計算結果によれば、そこでの洪水到達時間の計算は1.2時間であり、常時河道流下時間は僅か一〇分余にすぎず、他はみぞ流と地表流到達時間であることが認められる。しかして、地表流、みぞ流の流下時間については、常時河谷を流下する場合とは異なり、地表面の土質、形状、植生等の複雑な要素が作用して流速は遅れ、そこでの洪水到達時間と最大流量到達時間との間には、必ずしも前者が後者の二倍であるとの関係は成立たず、河道流以外の流下時間が前記のとおりその大部分を占める本件の場合は、その倍率が相当に低減するであろうことはこれを容易に肯認することができる。以上の各点を総合して考えれば、この点の被控訴人らの主張も肯認することはできない。被控訴人らは、降雨持続時間を一時間として、流量ピーク発生時の誤りを主張するが、本件においては、日雨量について、その合成流出量における最大洪水流出量を検討すべきであるから、右主張は失当である。

なお以上の検討は、富士戸一号堰堤がかんがい用水六四、〇〇〇立方メートルを貯留している場合で、その水位が余水吐の底面に達している満水位にあることを前提としている。しかし、いずれも成立に争いない乙第六一号証及び同第六二号証の一、二によれば、富士戸一号堰堤管理者である長沼町が制定した長沼町富士戸堰堤管理規程によると、同堰堤は、毎年五月一日から八月三一日までのかんがい期間中には、常に満水位(標高二二メートル)になるよう努め、かんがい用水のための利用は低水位(標高20.50メートル)までとし、特別の場合を除き右低水位を維持すべきものとしているが、その管理に当つては、洪水調節を優先的に考慮すべきこととしており、洪水調節を行う必要が生ずると認められる場合には、常時閉鎖を原則とする斜樋、底樋ゲートを開扉してあらかじめ予備放流を行うこととしていること、現に昭和五〇年八月二二日から二四日の台風六号来襲時においても、大雨注意報の発令に伴い、三個の斜樋ゲートの操作により予備放流をなし水位を低減していることが認められるから、富士戸一号堰堤の余水吐による洪水調節能力は、これら斜樋ゲート操作等による予備放流を併用することにより、実際上は、前記実験結果により推定されるより以上の余力があるものということができる。

更に、被控所人らは、富士戸一号堰堤は越流による決壊のおそれがあるから、洪水調節能力を有するものといえないばかりでなく、そもそもかかる決壊のおそれのある施設をもつて森林に代替し得るものということはできないと主張する。しかしながら、富士戸一号堰堤は、上来判示したところから明らかなとおり、本件流域において推定される一〇〇年確率最大日雨量151.9ミリメートルから設計基準による安全率を加味して求めた設計日雨量182.3ミリメートルの降雨に際し予測される最大洪水流入量毎秒21.379立方メートルに対して、十分な余裕高を残して調節可能であり、また、安全性を限度一杯にみて、堤頂との間に風波高0.6メートルを残した堰堤水位標高24.40メートルの状態のもとにおいて可能な余水吐の最大排水能力36.11立方メートルをもつてすれば、右設計日雨量を遙かに超過する日雨量三二〇ミリメートルの降雨がある場合にもなお洪水調節能力を発揮し得るものであるから、富士戸一号堰堤の越流による決壊の蓋然性は無視し得る程度に低いものとみて誤りないものというべきである。しかして、およそ代替性が問題とされる以上は、代替物が代替されるものと能力的にまつたく同一であるということはあり得ないはずであるから、富士戸一号堰堤が右に述べたとおり、予測され得る範囲において、社会通念上十分な洪水調節の機能を有するものと認め得られる限り、それは、代替施設として欠けるところはないものというべきである。

(七) 台風六号による降雨について

昭和五〇年八月の台風六号の降雨により、長沼町内に水害が発生したことは当事者間に争いがない。ところで、成立に争いない乙第四七号証の一、二によれば、右台風六号に伴う降雨は、長沼観測所の観測結果によると、同年八月二二日三六ミリメートル、翌二三日一三二ミリメートルであることが認められるところ、被控訴人らの主張する昭和四一年の最大降雨記録は、成立に争いない乙第四六号証の一、二によれば、同年八月一九日の日雨量一〇七ミリメートル、同月一九、二〇日の連続二日雨量一四〇ミリメートルであり、成立に争いない乙第二六号証の二によれば、長沼観測所における大正一四年以降の各年最大日雨量の最大値は、昭和二二年九月一五日の日雨量134.5ミリメートルであると認められることからすると、右六号台風時の降雨は同地域における最大級の降雨であつたということができる。しかしながら、右降雨量程度の降雨による洪水流出量に対して富士戸一号堰堤が十分余裕をもつた調節能力を有することは前述のとおりであり、現に、右降雨時にも、富士戸一号堰堤に何らの支障も生じていないことは、弁護の全趣旨に徴し明らかである。そうすると、本件における洪水防止施設としては、先にも述べたとおり、本件保安林部分の伐採に伴う増加洪水量を調節し伐採前の本件保安林部分が有していた理水機能の低下を補填し、これに代り得る機能を営む限りにおいてその目的は果されるものであるから、右に述べたところからすれば、富士戸一号堰堤はこの点において欠けるところがないものということができる。そうすると、前記のとおり、長沼町内に被害の発生をみたとしても、それらは、いずれも本件保安林部分の伐採にはかかわらないものというべきであつて、右事実から、逆に、富士戸一号堰堤等の代替施設としての機能に不足があつたものとすることは当らないというべきである。

また、被控訴人らは、右降雨量に関連し、逆算の結果として、右台風時における本件流域からの洪水流出率は0.759となつていた旨主張するが、その前提とする現実の流入量と対比すべき現実の降雨量の特定が不可能であるから採用できないのみならず、もし主張のとおりであるとすれば、右数値は、本件流域全体の立木が伐採されたに等しい場合でなければ考えられないものであつて、到底これを是認することはできない。

なお、被控訴人らは、台風六号時において、本件保安林部分の伐採跡地のうち、射撃統制地域内の降雨による流水は、同地域内から連絡道路を流下し、右射撃統制地域沿いに走る道路が右地域西南方で急激に屈曲する地点で、流勢に押され、右道路の側溝を超え、タンザン川集水地域である道路外に逸出して、タンザン川に流入する現象が生起しているが、本件流城内の降雨はすべて富士戸一号堰堤に流入することが予定され、代替施設としては、右タンザン川には何等の策も施されていないから、洪水防止施設としての代替施設には不備がある旨主張する。しかしながら、もし右主張の如き情況下にタンザン川下流域に被害が発生したとしても、それは、右防衛施設の一部である連絡道路の構造上の欠陥に起因し、富士戸川に流入すべき降雨がたまたまタンザン川に流入したものというべきであるから、右被害は、本件保安林部分の伐採によるものではなく、伐採跡地の利用方法の不適切なことにかかわる問題であるというべきである。そうすると、跡地利用方法による被害が本件解除処分を争うにつき法律上の利益をなすものでないことは前述したとおりであるから、右跡地利用行為の不適切により被害を受け、或いは受けるおそれがある場合においては、直接に右行為を対象として、その差止めを求めあるいは損害賠償を請求する等の手段を構ずるは格別これをもつて解除処分自体を争うに足りる利益とみることはできないものというべきである。

(八) 結論

以上説示のとおりであるから、被控訴人らのうち別紙当事者目録中に乙と表示のあるものが、本件保安林部分の解除により、その生命、身体の安全を侵害される不利益は、富士戸一号堰堤等の洪水防止施設により補填、代替されるに至り、同被控訴人らも、また、本件解除処分を争う具体的な利益を失つたものというべきである。したがつて、同被控訴人らの本件各訴えも、また、不適法として却下を免れないものというべきである。

第六自衛隊等違憲の主張について

本件についての当裁判所の結論並びにその理由は上述のとおりである。しかし被控訴人らは、本件における本案に関する争点の一である自衛隊等の憲法適合性判断の点につき、原審以来本件訴訟において裁判所に判断を求める実質的な対象として詳細な弁論をなし、控訴人もまたこれを重要争点として係争してきたものであり、原審もこの点について判断をなしているところ、当裁判所はこれと異なる結論を有するので、以下、この点に関する見解を付加することとする。

一本件における憲法上の争点

被控訴人らは、本件訴訟において、本件保安林指定解除処分は自衛隊ミサイル基地設置を目的としてなされたものであるところ、右基地、自衛隊並びにその根拠法規である自衛隊法は、憲法第九条第二項、憲法前文、なかでもその平和のうちに生存する権利、その他憲法第三章の人権保障規定ないし憲法全体を貫ぬく精神に違反する違憲の存在であるから、右解除処分は、その目的上、憲法に直接違反する無効のものであり、また違憲の存在である以上ミサイル基地設置は森林法第二六条第二項に解除要件として定めた「公益上の理由」に当らず、違法であり、取消しを免れないものと主張している。

ちなみに、自衛隊法は、第三条により自衛隊の主任務が、わが国の独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対しわが国を防衛することにあるとし、右目的のもとに、第二章では自衛隊の指揮監督を、第三章ではその部隊の組織、編成を定めているほか、第七六条、第八七条、第八八条では自衛隊が、その任務の遂行に必要な武器を保有し、外部からの武力攻撃に際しわが国を防衛するため必要があると認められる場合には、出勤して武力を行使することができることを規定している。そして右自衛隊法に基づき現に自衛隊が、国家機関の組織として編成され、前示の目的のため武器を保有しているものであり、本件ミサイル基地設置はその運営の一環として計画されたものであること、並びに本件解除処分が右基地設置の目的でなされたものであることは当事者間に争いがない。

二憲法第八一条の解釈

憲法第八一条は、一切の法律、命令、規則、処分につき、裁判所が違憲審査権を有する旨規定している、したがつて、右規定をみる限り、裁判所は具体的事件において、これら法令、処分の憲法適合性が争われる場合には、これを判断する権限があると同時に、判断する義務もあるというべきである。

ところで、わが憲法における三権分立の原則は、国権の三作用のうち、立法はこれを国会に、行政はこれを内閣に、司法はこれを裁判所に、それぞれ分属行使せしめ、国権が単一の機関によつて専断行使される弊害を避け、各機関における国家意思がそれぞれの機関において独立に決定されるものとしつつ、他方、三機関の相互の抑制のもとに一機関における権力行使の逸脱を防ぎ、調和ある国政の統一を図る政治組織を構成しているものというべきである。しかして右のうち立法権及び行使権は、本来的にはそれぞれその固有の権能を通じてわが国の政治的運営方針を、その実現のための方策を含めて選択し、これを国家意思として定立もしくは実現する作用を営むものであるから、右各機関の行為は、本質的には、妥当性を指向した合目的的裁量行為たる性質を有する政治行為であるといわなければならず、わが憲法下においては、行政府の長たる内閣総理大臣は国会議員たる資格のもとに国会によつて指名され、内閣はその行政機能につき国民の代表者をもつて構成する国会に対し連帯してその責任を負い、立法府たる国会は、立法機能を含め、直接国民に対しその政治責任を負い選挙を通じて国民の批判を受けるものである。これに対し司法権は、各個独立して国家作用を行う個々の裁判所が、立法府、行政府によつて選択された法、具体化された処分、その他生活事実等を所与のものとし、その法適合性の判断を高権的になす機能を果すものであつて、本質的には個別的確認的判断作用を行うにとどまるものであり、これを超え、国民に対し政治責任を負う各機関に代つて、より妥当性ある結果を実現する国の統一的政策決定をなす作用を営むものではないといわなければならない。そうすると、司法部門と他の二機関の機能の本質的相違からして、司法権の他機関の機能に対する介入、抑制も、右機関鼎立の趣旨を実質的に否定するものであつてはならず、また事項によつては、司法的抑制に親しまず、これを行うべき本来の機関の専属的判断を尊重すべき場合を生ずることを承認しなければならない。特に、立法、行政にかかる国家行為の中には、国の機構、組織、並びに対外関係を含む国の運営の基本に属する国政上の本質的事項に関する行為もあるのであつて、この種の行為は、国の存立維持に直接影響を生じ、最も妥当な政策を採用するには高度の政治判断を要するもので、その政策は統一的意思として単一に確定さるべき性質のものである。したがつてかかる本質的国家行為は、司法部門における個々的法判断をなすに適せず、当該行為を選択することをその政治責任として負わされている所管の機関にこれを専決行使せしめ、その当否については終局的には主権を有する国民の政治的判断に問うことが、三権分立の原則及びこれを支える憲法上の原理である国民主権主義に副うものであると考えられる。すなわち、憲法は、一方において裁判所に違憲審査権を与え、立法、行政に対する司法の優位を認めるが、同時に三権分立を国家作用に関する国の制度としているものであるから、この両者を統一的に考えるとすれば、司法の優位は三権分立の基本原理を侵さない限度において認められる相対的優位のものと理解するほかなく、前示のような高度の政治性を有する国家行為については、統治行為として第一次的には本来その選択行使を信託されている立法部門ないし行政部門の判断に従い終局的には主権者である国民自らの政治的批判に委ねらるべく、この種の行為については、たとえ司法部門の本来的職責である法的判断が可能なものであり、かつそれが前提問題であつても、司法審査権の範囲外にあることが予定されているものというべきである(最高裁昭和三五年六月八日大法廷判決参照)。

ところで司法判断は、法令を大前提とし、一定の対象事項を小前提としてその適合性の判断をなすものであるが、統治行為が司法審査権の範囲外にあるという場合、一般的には小前提たる対象事項がいわゆる統治事項に当るものとして考えられていると解されるのであつて、大前提たる法規解釈の問題としてとらえられているのではない。しかし、小前提に適用さるべき大前提たる憲法その他の法令の解釈行為についても、なお右と同様の問題が考慮されなければならないはずである。けだし、裁判所は、大前提たるべき法規については、自らこれを解釈適用する本来の職責を有するものではあるが、当該法規が統治事項を規定しながら、その規定の意味内容が客観的には必ずしも一義的に明瞭でなく、一応合理的反対解釈が成立し得る余地のある場合において、各裁判所がそれぞれこれに解釈を与えるということは、その選択そのものが、事柄の性質上、政治部門が行うべき高度に政治的な裁量的判断と表裏する判断をなすこととなるのみならず、その解釈の相違の結果生ずる対社会的、政治的混乱の影響は広範かつ重大であることが避けられず、これを解釈する場合の問題は、小前提たる統治行為が司法判断の対象となり得るか否かを検討した場合の問題と本質的には異なるところはないと解されるからである。

もつとも、純粋な意味で統治行為の理論を徹底させ、これについてはおよそ司法審査の対象にならないとするときは、立法、行政機関の専権行為については、明白に憲法その他の法令に違反するものであつても、裁判所がこれを抑制できないことになるが、それはまた、他面において三権分立の原理に反することになるといわなければならず、憲法第九八条の規定からも、右結論を是認することはできない。したがつて、立法、行政機関の行為が一見極めて明白に違憲、違法の場合には、右行為の属性を問わず、裁判所の司法審査権が排除されているものではないと解すべきである。けだし、大前提たるべき条規の定めるところが客観的、一義的に明確である場合には、それが統治事項に関する規定であつても、その一義性、明確性にかんがみ、たとえこれにより如何に国民に対し政治的、社会的に重大な結果を招来することがあろうとも、他の政治的、社会的意義に優先して当該事項の選択を是とする見地から、規範として定立されたものと考えることができるのであり、したがつてこの場合には、右条規を大前提たる判断基準となし得るものと解するのが相当であり、もし小前提たる法規ないし処分が一義的に明確なものである場合には、それが統治事項に関するものであつてもなおこれを司法判断の対象になし得るものと解すべきであるからである。

結局憲法第八一条は、前記統治行為の属性を有する国家行為については原則として司法審査権の範囲外にあるが、前記の如く大前提、小前提とも一義的なものと評価され得て一見極めて明白に違憲、違法と認められる場合には、裁判所はこの旨の判断をなし得るものであることを制度として認める規定であると解するのが相当である。

三自衛隊の設置等と統治行為

防衛庁設置法並びに自衛隊法第三条、第八七条、第八八条等の規定を含む同法の制定は国会の立法行為によるものであり、これに基づく自衛隊の設置、運営は内閣の行政行為によるものである。したがつて右自衛隊法及び自衛隊の存在の憲法第九条適合性を判断するに当つては、その立法行為及び行政行為が右に検討した司法審査の対象となる国家行為であるか否かがここで検討されなければならない。ところで、防衛庁設置法、自衛隊法の各規定及び上段判示の諸事実に照せば、右立法行為及び行政行為はいずれも、他国からの直接、間接の武力攻撃に際し、わが国を防衛するため、国の組織として自衛隊を設け、武力を保持し、これを対外的に行使することを認める内容をもつ国防に関する国家政策実現行為であり、自衛隊は通常の概念によれば軍隊ということができるが、仮に、いつたん他国からの侵略行為が生じた場合は、事柄の性質上、直ちに、国家、国民の存亡にかかわる事態の惹起されることが十分予想され、わが国が他国の武力侵略に対して如何なる防衛姿勢をとるかは極めて緊要な問題であるのみならず、その政策の採否及び効果は、平時、緊急時を問わず、国内における政治、経済、文化、思想、外交その他諸般の事情に深くかかわり合いを持ち、かつその選択は、高度の専門技術的判断とともに、高度の政治判断を要する最も基本的な国の政策決定にほかならない。したがつて、右政策決定を組成する前記立法行為及び行政行為は、正に統治事項に関する行為であつて、一見極めて明白に違憲、違法と認められるものでない限り、司法審査の対象ではないといわなければならないものである。

四憲法第九条の解釈

わが憲法は、第九条第一項において国際紛争解決の手段としての戦争、武力による威嚇、武力の行使を放棄し、同条第二項において右目的を達するため陸海空軍その他の戦力を保持しないと定めたことにより、侵略のための陸海空軍その他の戦力の保持を禁じていることは一見明白である。しかし、憲法第九条第二項の解釈については、自衛のための軍隊その他の戦力の保持が禁じられているか否かにつき積極、消極の両説がある。

まず、積極説の論旨を要約すれば、次のとおりである。すなわち、憲法第九条は、その文言の形式的な表現にとどまらず、前文を含む憲法全体に貫ぬかれている平和主義、国際協調主義の理想追求の精神、憲法制定当時における事情、憲法提案者たる政府当局者の立法趣旨説明、政府の行為により戦争の惨禍を避けるための現実的方策等を十分に考慮して検討すれば、第一項において自衛のための戦争等を放棄していないとしても、第二項は、憲法前文の精神を受けて「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求する」目的を達成するため、およそ「陸、海、空軍その他の戦力」の不保持を規定したものと解すべきで、この規定は、憲法前文第一項において「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることがないように決意」し、第二項において日本国民は「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼してわれらの安全と生存を維持しようと決意した」ことに照応するものである。まして同条第二項後段が「交戦権」を否認している以上、自衛のための戦争も遂行することは不可能であり、自衛戦争のための軍備も不要で、自衛権の存在は戦力保持を根拠づけない。したがつて、右戦力不保持の規定は、例外を許さない絶対的禁止規定と解するほか他に解する余地のないことは明白であるというのである。しかして、被控訴人らの主張する憲法第九条第二項の解釈も、要するに右のような積極説の立場に立つものである。

これに対し、消極説の論旨は、要約すれば次のとおりである。すなわち、憲法第九条第一項は、国権の発動たる戦争、武力による威嚇、武力の行使を、文言上明らかに国際紛争解決手段として行われる場合に限定して放棄しているもので、他国から急迫不正の攻撃や侵入を受ける場合に自国を防衛する自衛権行使の場合についてまで右戦争等を放棄しているものとは解されない。なるほどわが憲法は、国の在り方として平和主義、国際協調主義をその原則としていることは明らかである。しかしわが憲法は、主権を有する日本国民が、その意思によつて形成する国の組織形態及びその基本的運営の在り方を確保した国の最高法規であつて、国としての理想を掲げ、国民の権利を保障し、その実現に努力すべきことを定めているものであるから、わが国の存在基盤をなす領土等が保全され、主権が侵害されることなく維持されることをその前提としているものといわなければならない。したがつて、もし国の存在が失われるならば、主権は否定され、憲法はその理想を実現することはもちろん、国民の人権保障さえ不可能となるのであるから、国の存立維持を図ることは憲法の基本的立場である。憲法の平和主義、国際協調主義も、わが国が戦争等を開始し自ら平和を破ることはないとする生存の姿勢を示したものであり、わが国が他国から武力侵略を受け、滅亡の危機に際してまで無抵抗を貫ぬくものとして平和主義を定めたものと解することはできず、したがつて、実力による抵抗は当然予想されているもので、憲法第九条第一項において他国からの急迫不正な攻撃や侵入に抵抗する自衛のための戦争等は放棄されていないと解することは、むしろ憲法の精神に副うものである。ところで同条第二項前段は、戦力等の不保持については、「前項の目的を達するため」と規定している。そして右の文言は、憲法制定議会における審議中、同条第一項における戦争等の放棄条項中に「国際紛争を解決するための手段としては」という限定文言の存在することを前提に挿入された経緯があり、これを考慮しつつ同条第一項、第二項を比照すれば、「前項の目的」とは、第一項全体の趣旨を受けるものと解するのが相当であつて、第二項において不保持を定めた陸、海、空軍その他の戦力は、国際紛争を解決する手段として行われる戦争遂行戦力のみと解すべきであつて、かく解することが、同法第六六条第二項において国務大臣を文民に限定した規定の趣旨に照応するものである。また同条第二項後段において否認されている「交戦権」の解釈については、これを「戦争をなす権利」と解するものと、「国際法上認められている交戦国の権利」と解する説があるが、前者と解するならば第一項において規定した戦争等の放棄と同一事項に関する規定を第二項の後段に位置せしめて反覆したことになり不自然であつて、むしろ第二項前段において戦闘手段たる戦力等の不保持を定めたことに続けて位置せしめていることからすれば、戦争の過程における戦闘に伴う個別的加害行為を認容される国際法上の交戦国の権利を定めたものと解することが規定の位置からも素直な解釈というべきである。そして、同条第二項後段において否認した「交戦権」が、前示の国際法上の権利であり「戦争をなす権利」の否認でないとすれば戦争の本質的現象である相手国兵力に対する戦闘行為そのものは否認の対象とはならず、第一項において自衛のための戦争が放棄されていない以上、前示交戦権が否認されたからといつて自衛のための戦闘遂行が不可能になるものではない。したがつて、自衛のための必要最小限度のものについては、憲法第九条第二項前段における「陸、海、空軍その他の戦力」には当らないというのである。しかして控訴人の憲法第九条第二項の解釈も、要するに右のような消極説の立場に立つものである。

ところで、双方の各論旨をみると、積極説はその解釈において、わが憲法は、採用した平和主義、国際協調主義による平和を生存をかけて実現すべき理想とし、かつ現在の国際社会の情勢上もそれが可能であるとの見解を基盤とするものであり、消極説は、わが憲法は平和主義の理想を尊重すべきことを命じてはいるが、現実の国際社会において、急迫不正の侵害の危険性は現存し、その際における自救行為はこれを当然の前提としているとの見解を基盤として立論するものである。そして、わが憲法が右のいずれの見解に立脚して設けられているものであるかは、必ずしも明瞭とはいえず、各論旨はいずれもそれなりに一応の合理性を有するものといわなければならないから、結局自衛のための戦力の保持に関する憲法第九条第二項前段は、一義的に明確な規定と解することができないものといわなければならない。

五自衛隊の存在等と司法判断

憲法第九条の前記解釈によれば、同条が保持を一義的、明確に禁止するのは侵略戦争のための軍備ないし戦力、すなわち侵略を企図し、その準備行為であると客観的に認められる実体を有する軍備ないし戦力だけである。したがつて、自衛隊法が予定する自衛隊の目的、組織、編成、装備等が右にいう侵略的なものであると一見極めて明白に認められるときは、裁判所は自衛隊法もしくはこれに当る条規の違憲であることを判断すべきであり、また自衛隊法もしくはその条規の違憲性の有無とは別に、行政運用の実体である自衛隊の目的、組織、編成、装備等その実態が証拠調手続を経るまでもなく右にいう侵略的なものであると一見極めて明白に認められるならば、この点については司法判断の対象となるというべきである。しかし、右に当らず、一見極めて明白に侵略的なものとなし得ない場合には、当該事項がいわゆる統治行為に属するものであることにかんがみ、右は司法審査の対象とはならないといわなければならない。

そこで右の点を検討してみると、自衛隊法が自衛隊の主たる任務をわが国の防衛に置き、このために自衛隊としての一定の組織編成を定め、かつ武器を保有し、これらを対外的に行使することを予定し、また現実に自衛隊が右自衛隊法に基づき同法所定の組織、編成のもとに武器を保有しているものであること前記一のとおりであるから、その設定された目的の限りではもつぱら自衛のためであることが明らかである。そして自衛隊法で予定された自衛隊の組織、編成、装備、あるいは現実にある自衛隊の組織、編成、装備が侵略戦争のためのものであるか否かは、掲げられた右目的だけから判断すべきものではなく、客観的にわが国の戦争遂行能力が他の諸国との対比において明らかに侵略に足る程度に至つているものであるか否かによつて判断すべきであるところ、戦争遂行能力の比較は、その国の軍備ないし戦力を構成する個々の組織、編成、装備のみならず、その経済力、地理的条件、他の諸国の戦争遂行能力等各種要素を将来の展望を含め、広く、高度の専門技術的見地から相関的に検討評価しなければならないものであり、右評価は現状において客観的、一義的に確定しているものとはいえないから、一見極めて明白に侵略的なものであるとはいい得ないといわなければならない。

六帰結

右のとおりであるから、結局自衛隊の存在等が憲法第九条に違反するか否かの問題は、統治行為に関する判断であり、国会及び内閣の政治行為として窮極的には国民全体の政治的批判に委ねらるべきものであり、これを裁判所が判断すべきものではないと解すべきである。

第七結論

以上説示したとおり、被控訴人らはいずれも当事者適格又は訴えの利益を欠き、本件はその訴訟要件を欠く不適法なものであり、これと結論を異にする原判決は失当であるから、民事訴訟法第三八六条に従いこれを取消し、被控訴人らの訴を却下するものとし、訴訟費用の負担につき、同法第九六条、第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(小河八十次 落合威 山田博)

別紙一 当事者目録《省略》

別紙二 主張並びに証拠《省略》

別紙  表一〜表二七《省略》

別紙  図面一〜一二《省略》

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